世界明日行き列車

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 すみません、前の席よろしいですか。  ええ、ええ。他の席も空いているんですけどねえ、私はお話ししたいんですよ、貴方と。それでは失礼致します。  いやはや、にしてもこの車両は特別ですよね。ほら、他の車両と違って、この車両の窓は小さくて丸い。開けたら丁度顔を出せるほどの大きさでしょうか。  ああ、走行中は危険なので本当に開けては駄目ですよ。例え話なので。  景色が代わり映えしないのが辛いですけどね。この列車内で、私達が座っている付近のここの窓だけが、真っ白な景色しか見えない。まるで雪に埋もれたようです。  貴方は列車の外の……無の世界をどう思いましたか。興味が湧きますか、胸が踊りますか、怖いですか。  結論が出てもお口は閉じたままでお願い致します。貴方にはまだ考えてほしいことがございますので。  さて、突然ですが、私が今乗っている列車の名をご存知ですか。  世界明日(せかいあす)行き列車、です。その名の通り、明日へ向かうために人々が乗車する列車です。  今までに乗った記憶が無い? それはそうですよ。夢の中や瞬きをする一瞬などに、意識だけが列車に乗っているのですから。  貴方のポケットの中にもあるはずですよ、世界明日行き列車用の切符が。無期限の片道切符で、一人ひとり形状の異なる素敵なものです。  ……え、失くしたのですか。一体何処で。  ……破った。ご自身で千切り捨てたと。  驚きはしませんよ。この数日だけでも、ある程度そういう方々がいらっしゃいましたから。勿論、貴方の個人的な問題に介入したり探ったりする気もありません。  ここまで隠していましたが、私、切符の紛失者がわかる能力を持っていましてね。  そんな方々に会う度にお渡ししているものがありまして……こちらです。  鍵。こちらをポケットに入れてください。この鍵、言ってしまえば効果は切符と同じなので、お守りのようなものです。気楽にお持ちください。  人生ってまるで自分と自分で繋ぐリレーみたいで、一日を越える際に明日の自分へバトンを渡します。その時、この鍵を所持していれば大丈夫ですよ、きっと。  明日の先に誰も居ないと思っていても良いのです。ただし、扉を開けた奥では自分が笑顔で出迎えること、忘れないでくださいね。  貴重なお時間を頂き有難うございました。それでは失礼します。  ……「まだ考えてほしいこと」が何か、って? 全てですよ。人生の道の材料は、コンクリートでも土でもなく、考えで出来ていますから。  改めて。では、良い旅を。
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