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いち、準備体操をしよう
え? 秋季運動会じゃなくて春季運動会?
あ〜そうか、そうだった……ね。
確かにそんな話を一週間前にしたような気が……する。え!? あぁ、した、したよっ!!
ーーすっかり忘れてた俺が悪い。
夜遅くまで残業して、同僚と文句ブーブー言いながら夜通し飲みに行って、三軒梯子。
『ちょっとアナタ! いつまで呑んでるの!? 明日が運動会だって覚えてる?』
携帯のバイブレーションは激怒の着信。叩かれるように妻から告げられた明日の予定に、震えるくらい酔いも冷めた。
始発で自宅に戻り、早朝から撃沈だ。
元気溌剌な園児と怒り狂う妻に引き摺られるようにして運動会に連行された……。
* * *
晴れ渡る青空にカラフルな旗!
ピッピッ♪と子供達を誘導する先生達が吹く軽快な笛の音と浮き立つ人々の騒めき!
そして、脳天に響く我が子の声に俺は眩暈がしていた……。
「ぼくのパパは凄いんだぞ!?そこら辺のヒーローに負けないくらい格好いいヒーローなんだからっ。ぼく達は絶対に一等賞だ!」
腰に両手を当てて仁王立ち?
幼稚園の親子競技"つないでガンバ⭐︎爆速リレー"の順番待ちをする最中、体育座りするクラスメイト達に向かって堂々と宣言する息子に、
(お、おま…お前は何でそんなに偉そうなんだ!)
俺は顔も心も真っ青、頭の芯から心の底までふるえ上がっていた。
( 『そっかー、運動会でりっ君はリレーするのか。パパは、学生の頃だけど自慢できるくらいには短距離走のエースだったんだよ』……と、酔った勢いで話したのはいつだったかな……つい最近?)
冷や汗が一気にドパッと沸き立つ。
それはもう過去の栄光だ。
心は若く居られようとも身体は仕事に蝕まれ、ヤケ酒に耐えられなかった頭は二日酔いでガンガン痛む。
吐きそうなのに吐けないのは"パパはヒーロー"というパワーワードが支えているからだった。
とはいえ、残念なパパ事情なんて仁王立ちの背中には一ミリも伝わらない。
「パパは金星組を助けてくれるもんね?」
「そ……そうだなぁ……助けられるかどうかは運次第かな。でも、りっ君のために全力で走ることだけは約束するからっ」
カチコチと固まった笑顔と掻き集めのハッタリで息子と指切りをすると、パチパチパチと拍手が湧く。クラスメイト&親御さんからの熱い視線とエールが次々と贈られた。
無駄にハードルが上がったことを自覚するのには、それだけで十分だった……。
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