婚約解消

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婚約解消

「こんなもので私が喜ぶと思って?」  ヴェネットはテオドールが手渡そうとした花束を手でぞんざいにはたいた。赤とピンクの花が散り散りに床に落ちていく。 「もう限界だ。ヴェネット、婚約を解消してくれ」  拳を握りしめ、床に散らばった花に視線を落としたままテオドールは言った。 「お好きにどうぞ」  腕を組んだヴェネットは尊大な態度を崩さない。 「ヴェネット、君は最後まで僕に冷たいんだね」 「…そうかしら?」 「君に嫌われているとわかっていても、いつかきっと仲の良かった頃に戻れるとどこかで思っていた。でも無駄だったな…結局こうなるならもっと早く婚約解消すればよかったね」  悲しそうに言い残してテオドールは去っていった。  部屋に残こされたヴェネットは床に散らばった花に視線を移す。  今日が誕生日のヴェネットのためにテオドールが用意してくれた花束。ヴェネットの髪、赤毛に右耳の前あたりだけ桃色がひと束混ざった髪色を連想させる色の花。  昨年の誕生日、ヴェネットは贈られたネックレスをいらないと突き返したからテオドールはきっと悩んで今年は花束を選んでくれたのだろう。  どんなに冷たく突き返されても、テオドールは毎年欠かさず誕生日にはプレゼントを用意してくれていた。  彼が去ったあと、それまでとはうって変わって悲しげな表情をした彼女は丁寧に一本ずつ床に散らばった花を拾い集める。  パリッ パリンッ  その時、自身を覆っていた透明な膜が割れたように。ヴェネットは久しぶりに新鮮な空気を吸えた気がした。   ◆  ヴェネットが“魔女の気まぐれ”で命を救われたのは12の時だった。  その日、ヴェネットを乗せた馬車の前に突然野犬が現れ、怯えた馬が暴走して不運にも馬車ごと崖から転落してしまった。  大破した馬車の中、大怪我を負ったヴェネットは意識が朦朧としていた。  その時――。 「ねえ、助けてほしい?」 「あな、た…は…?」  目の前に現れたのは紺のローブを着た女だった。フードを目深にかぶっていて表情はわからない。 「魔女よ」 「ま…じょ?」 「私の力であなたの命を助けることもできる。でもそのためには代償が必要なのだけど。どうする?」  ヴェネットはすぐに頷いた。代償が何なのか気にはなったが、それよりも自分はまだ死にたくなかった。 「魔女さん、どうして助けてくれたの?」 「ただの気まぐれよ」  くすりと笑い魔女は言った。  魔女はヴェネットを救い、その代償を告げるとすぐに姿を消した。  代償は呪いだった。  命を助けてもらう代わりにヴェネットは魔女の呪いを受け入れた。  それは最も愛する人に嫌われる呪い。  以来ヴェネットは大好きな婚約者テオドールの前でだけとても冷たい態度しかとれなくなった。 「ヴェネット、どうしてテオドール君に冷たくするんだい?」 「そうね、あんなに仲が良かったのに」  両親は急に婚約者に冷たくなった娘をひどく心配した。  両親でさえヴェネットが魔女に命を助けられたことを知らない。あの日、大破した馬車の中、かすり傷程度で見つかった娘に、奇跡だと涙を流して喜んだ。  ヴェネットもまた真実を伝えることができなかった。“魔女の気まぐれ”について話そうとすると口が開かなくなるからだった。これも魔女の力なのだろう。 「ヴェネット、よかったら今度一緒に―――」 「いやよ」 「このペンダント、ヴェネットに似合うと思って買ったんだ。よかったら…」 「なにそれ、趣味悪いんじゃない?」  大好きなテオドールがどんなににこやかに話しかけてくれても笑顔を返すことができない。  どんなに優しくしてくれても感謝の言葉の代わりに皮肉めいた言葉が自然とこぼれる。  心のこもったプレゼントを贈られても文句を言って突き返し、舞踏会ではパートナーとして来たのにダンスも踊らず置き去りにした。  ヴェネットはどうすることもできなかった。  ヴェネットの態度に悲しそうなテオドールを見て心を痛め、冷たい態度しかとれないことを心の中でいつも彼に詫びた。   ◇  テオドールに婚約解消を告げられた数日後、2人の不仲はもはや両家とも既知の事実だったため異論は無く、スムーズに婚約解消の手続きは終えられた。  通っている学園も長期休暇中だったため、ヴェネットはほとんどを部屋に引きこもってすごしていた。  最も愛する人に嫌われる呪いのせいで、とうとうテオドールに嫌われ、愛想を尽かされてしまった―  その事実がとても辛く悲しかった。  一方でヴェネットは1つの可能性にたどり着いていた。  この度、大好きなテオドールに婚約解消され、完全に嫌われた。  これで“最愛の人に嫌われる”という呪いの目的が遂げられたのではないか。もしかしてこれで魔女の呪いが解けたのではないか。  長期休暇が終われば同じ学園に通うテオドールとも自然と顔を合わせることになる。  嫌われてしまったとわかっていて会うのはひどく勇気がいる。  それでも呪いが解けたか否か、ヴェネットはどうしても確かめたかった。  そしてもし呪いが解けていたのなら―――
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