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霊安室には独り横たわる、親友マユの姿があった。
心拍も呼吸も対光反射も停止していて、つまり目覚めることはない。
突然の交通事故で、マユの尊い命の光りは、呆気なく奪われてしまった。
飼い犬アレックスの散歩中、青信号で横断歩道を渡っていた。
運転手は癇癪だか、血圧を下げるだかの薬を服用していたらしい。
殺人といえば殺人だが、死刑にはならない。
死んでほしいくらい悔しいが、たった一人殺めただけだ。
それを命で償わせるなんて前時代的なこと、この国ではまずないだろう。
こちら側の気持ちなんて、誰も救ってくれないのだ。
大学入学以降、マユとは本当に親しくしていた。
四姉妹の長女でしっかり者のマユは、困っている人を見つけると放置できなくて。
手を差し伸べては深入りばかり。
何度それで泥沼化して、私が介入したことか。
その度マユは笑っていて、決まって私を褒めてくれるのだ。
「流石アヤだね」
彼氏のヒロくんが大好きで、私はいつもその次だった。
そんなマユが今、私の目の前で眠っている。もう目を覚ますことはない。
涙は出なかった、声も出ないのは何故だろう。
信じられない、現実として受け入れられないのか。
それとも━━感情表現もできないような、冷徹人間に成り下がってしまったのか?
背後から私を呼ぶ声が聞こえ、ヒロくんが入室した。
仕事を抜け出してきたようで、肩で息をし緊迫した表情で立っていた。
ここまでずっと、走ってきたのかもしれない。
マユ……これ以上、何も言わない。
二人きりにしてあげるため、黙って私は退室した。
葬儀屋と寺には連絡済だそうで、今は霊柩車を待っている。
私は扉を閉めると同時に、腰から砕け落ちるよう床に座り込んだ。
既に警察は引き上げていて、廊下にはすすり泣くマユの両親と、泣きじゃくる妹たちの姿。
その光景が視界に飛び込んできてはいるものの、私に涙は流れなかった。
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