第二章 約束の指輪

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6 クリララとケイルは、秋の陽射しを浴びて鳥がせわしなく囀る平和で美しい庭園へ来ていた。 やるべき仕事の合間をぬって、ケイルはクリララを外へ連れ出してくれる。 クリララは、いつものように広い庭園を気持ちで良さげに歩いていた。 不意に眺めていた景色から視線を逸らすと、半歩前を歩くケイルの大きな肩を見上げる。 「……あの、ケイル様。どうして幼いクリをずっとおそばに置くのですか? せめて寝室は別にするとかしたほうがいいのでは?」 渦巻く不安をどうしても拭えないクリララは、意を決して問うてみた。 「最近、言わなくなったと思っていたのに。またかい? それに寝室を別になんてしたら、クリララはまだまだ心身ともに不安定だから、きっと一人になったら不安で泣きそうだよ」 「そんなことありません」 「あるって。それにどこかに逃げ出しそうだしね。一緒に添い寝しててもいいだろう? クリララは僕の妻になるのは確かだしね」 「それは、兄であるロイル様に頼まれたからですか? それならば気負わなくてもいいですよ。クリからロイル様にもう大丈夫だって伝えておきます」 クリララは、呆れ顔でこちらを見据えているケイルに言った。 「それは違うよ。ロイルに頼まれたからじゃない。クリララを引き取るって僕から言ったこと、忘れたの? それとも僕のことが嫌?」 「まさか! だって、クリはわからないのです。ケイル様と同じ十六歳とはいえ、成長が遅れているのは確かです。充分に幼姫だと感じているはずでしょう? もう成人式を済ませて大人と認知されているケイル様の相手なんて、とてもなりえない気がするのです」 クリララは、歯痒そうに顔を歪めて言う。 ケイルは、女嫌いで硬質なロイルとは違い、とても華やかで明朗活発でその性を充分に謳歌していた日々があった。 王子である自分に媚を売る女性だけとしても、その場限りの割り切った付き合いとしてならば、ケイル自身拘ることはない。 それゆえに、ケイルと個人的に仲の良かった女官がここに派遣されていることを噂ながらもクリララの耳に入っている。 クリララを婚約者としてそばに置くようになってから、ケイルはさっぱりと女性を呼び寄せることはなかったが。 人の感情に敏いクリララは、不安げに俯いてしまう。 ケイルは、クリララの顎の先を取って自分へ向けてきた。 「クリララ、僕としては今は一緒にいるだけで充分だよ。それにね、一つだけはっきりして言えることは、僕は君を手放すことは出来ないのは本当。どこへもやれないよ」 「で、でも」 「確かに今の時点では、これはどうも男女の恋とは違うような気がするけどね」 「そうでしょう? クリは幼すぎるのでしょう?」 皮肉ったケイルに気付いたクリララは、ますます不安げに顔を曇らせる。 「それでもね。これは兄であるロイルと一緒で、僕がクリララを家族だと認識しているのは確かだよ?」 「家族……」 瞳を瞬かせるクリララの小さな肩、ケイルは愛おしげに抱きしめてくる。 「そう。だからそばにいてよ。クリララは、まだまだ幼いから無理しないほうがいいのは確かだよ。だから今はね、そのままの関係でいいじゃない?」 「本当にそれでもいいのですか?」 「ああ。クリララと過ごす時間って、僕にとっては心穏やかでとても楽しくて愛おしい。だからね、僕はそれを失うつもりはないよ」 ケイルは、そう言って自分の胸奥へクリララを抱き寄せた。
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