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1 東雲詩乃の日常
私、東雲詩乃は今、頭を悩ませている。
目の前に座っているのは私と同じ会社で経理を担当している女性だが友だちという間柄でもない。
ちらりと見ると眉間は縮こまっていて、これでもかというくらい目を細めている。
はやく家に帰って夕飯の準備をしないといけないのに彼女に捕まってしまった。今は勤めている会社から少し離れたレストランにいる。
先ほどから会話が平行線なので、退屈しのぎに冷めてしまったホットコーヒーにミルクを入れてスプーンでかき混ぜる。
「もう一度聞くわよ。東雲さんがお金を借りたんじゃないの?」
「いえ、借りてません。瀧さんからもそんな話はいっさい聞いてません」
瀧亞瑠斗は会社にバレないようコッソリ付き合っている同じ会社で同い年の彼氏。顔が整っていてすごくモテる。
だけど見た目はあまりパッとしない地味な私とふたりきりの時は「詩乃は特別だよ」と恥ずかしいセリフを照れもせず言ってくる。
そんなアー君に私の向かいにいる同僚の女性は先月、次の給料までという条件でお金を貸したそう。今月に入って返済するよう求めたら私の借金を肩代わりしたから少しだけ待って、とお願いされたそうだ。
しょうがないな……。私はあきらめて財布から1万円札を数枚取り出した。
「とりあえず私が払っておきます。ですので社内で噂とかは勘弁してください」
「ふーん……まあいいわ、お金が戻れば私はどっちでもいいから」
私がお金を渡すと、同僚の女性は不思議そうに私に訊ねた。
「ひとに変な話をなすりつけようとする男とは関わらない方がいいわよ」
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