奉公先にて

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 芸者の仕事は一見にして華やかに思えたが、辛いものであった。時々、客に叱られる事もあったのだ。客には房江の体目当てで来る者も少なくはなかった。それほど、房江は美しく妖艶な輝きを放っていた。 「おい、今日は房江はいるか?」 「はい、旦那、房江は旦那の事を待っておりましたよ」 「そうか、そうだろう」 「房江、南沢の旦那がお見えよ、早く準備をしてきなさい」 「はい、女将」  房江は急いで準備をしてきた。芸に磨きをかければ、かけるほど、房江目当ての客が増えていき、他の芸者からも良くは思われなかったのである。房江に嫌がれせする芸者達も少なくはなかった。  それは、上客が来た時の事であった。房江は三味線がなくなっている事に気づいた。房江は慌てて三味線を探すもなかった。三味線なしでは芸が成り立たなかったからだ。房江の三味線の腕前は他の芸者達には真似のできないほど上達しているのであった。もしやと思い、他の芸者に三味線がないか尋ねたのだ。   「誰か、私の三味線を知りませんか」 「ああ、あんたみたいな女狐には三味線はいらないわ。どうせ、体で客を取っているのでしょ」 「そんな事はありません。私の三味線を三味線を返してください」 「ああ、三味線なら、置屋の外の川に置いてきたわよ。どうせ、あんたには必要のないものだからね」  そして、房江は宿の外の川に三味線を取りに行くのだった。川の近くには赤く美しい橋があった。その日はたまたま、満月の夜であった。満月は美しく耀いていた。光は京の町をうっすらと照らし幻想に満ちて溢れていた。房江はすっかり満月の美しさに気をとられ、客の事を忘れそうになるくらいであった。  それから、時おり、房江は月が美しく輝く時は赤い橋から月を眺めるのであった。月は碧く房江の心を象徴するがごとく輝き放っていた。  
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