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ライブ
チューン。
凪は音響を離れたが、マイクの感度は耳で確認できた。
「みんな、今日はありがとう」
「キャーッ、サトシ」
「こっち向いて」
人気バンド“竜神”のボーカルはボルドーの衣装に身を包み、ファンに挨拶した。
「牧田病院は十回計測して全部75デジベル以上! 僕らの音楽はここではそよ風と同じなんだ。だからみんな、今日は思いっきり応援して!」
客席は病院ロビーのベンチ。しかし不満をもらす女性は一人もいない。選ばれし彼女達は若さにあふれ、瞳を輝かせ、歓声を上げた。
「愛してる、サトシ!」
「愛してるよ。あなた方のために歌います」
演奏が始まった。ドラム、ギター、キーボードの爆音。
「サトシ」
「痺れる」
「もうどうにでもして」
女性達は黄色い声で快楽の世界に溺れた。
「スリー、ツー、ワン」
サトシが歌い始める。
「やめて! やめなさい。安静にしなければならない入院患者さんがいるのです」
小山は受付嬢と交渉係を兼任しながら、何とか形勢を立て直そうとしていた。
彼女の制止に耳を貸すものは現れず、彼女はステージ袖に追いやられ凪と二人。凪は小山に答えた。
「じゃあ今すぐ転院させなさい。ここは病院として機能してない」
「そんなっ」
小山が顔色を変える。
凪は続けた。
「文句があるなら玄関前の機動隊と話し合いに行けばいいじゃないか。あなたには弁護士も裁判官も証拠映像もあるんだよ。行きなさい」
この爆音では隊長が凪の言動を聞き取るのは不可能だ。凪は話し方を崩して小山を優しく突き放した。
「安静にしなきゃならない患者のためなら、あなた方病院として機能するんだよね?」
絶句する小山に凪は甘ったるく笑いかけた。彼は受付前に歩いて行き、カウンターに転がっていたリモコンを拾った。それを使ってTVの音量を更なる爆音にセットする。
小山は耳をおさえ、病院構成員も悶絶、ロビー中央はさながら音の嵐となった。小山が気丈に抗議してくる。
「何するんですか」
「だからあ、身体壊す人が出てもTV見たい人が優先なんだよ。あなた直美さんにそう言ったよね」
凪は隊長のカミナリがないのでのびのびと地を出した。勤務中のバカンス。
「暴力です」
「玄関前は静かだよ。そっち行ったら」
病院構成員は『嫌だ』の声も出せず、もんどりうった。
「醍醐さん、どうしました?」
仁達奥内班は、証拠収集と、被害者、協力者の護衛が仕事。彼はステージ裏方で直美が泣いているのを見逃さなかった。
彼女は答えた。
「御門さんが、私のために怒ってくれてる」
仁は安堵で微笑した。
「そうですよ。みんな味方ですよ。もう一人ではありません」
「はい」
仁は小山の相手をしている凪を見た。彼がTVを爆音にセットしたことから、攻勢を強めていることがわかる。
ステージ側も重低音が鳴り響いているが、耳を痛める爆音ではない。病院構成員は音ではなく、内も外もブルーフェニックスという、仲間同士で策を練ることも出来ない状況に苦しんでいるのだった。
そして彼らは一人では考える事が出来ない。個でなく全。だから苦しいのだ。
正面玄関の方から機動隊の拡声器の声が届いた。「集団ストーカーに告ぐ。速やかに投降しなさい」これも爆音。
仁はバンドメンバーの合図を確認して、直美を促した。
「呼んでますよ。いってらっしゃい」
凪は“竜神”の二曲目に、ギタリストとして直美が登場するのを確認した。彼女はノイズキャンセリングヘッドホンをお守りに首にかけてるが、ゴツいアクセサリーになっていてチャーミングである。
凪は実働部隊の他に芸術部隊にも籍を持ち、アーティスト側に顔が広い。バンドメンバーは凪の声かけで集まっているので、今日しか出来ないイベントに好意的だった。さらに直美の玄人はだしに大ウケしている。
凪は小山をほっぽってステージに飛び込んだ。ダンスの余興で客席をわかせてから楽器を借りて演奏に参加する。凪と直美のツインギター。
凪はパフォーマンスの最中、直美に接近して背中合わせになった。振り返ると彼女の顔と吐息のかかる距離になる。
凪は演奏しながら話しかけた。
「いいね、直美さん。何かつらいことある?」
「いいえ。音楽に集中してるから」
「こういう騒音はいいの?」
「はい」
「イーヤッホイ!」
凪は身体と五感を熱気の海に溶かして翼をひろげた。
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