エピローグ〜蓄電するヒーロー〜

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エピローグ〜蓄電するヒーロー〜

 澪は涼子に救われた後、ブルーフェニックス本部に顔を出した。朝10時、受付嬢と短いやりとりをすると、入れ代わりに制服姿の涼子が出てきてくれた。  「会いに来てくれたんですか?」  「はい」  澪はやって来てからまごついた。本題に入る前に言わなければならないことがある。  「あの、涼子さん」  「はい?」  「帽子被ってていいですか?」  澪は屋外用の帽子を被っていた。申し訳ないからといって屋内用の帽子では華美すぎる。今の彼女には被れなかった。  涼子は気を悪くしなかった。首を傾げる。  「いいですよ? どうして?」  澪は両手で帽子のつばをぎゅっと下に引っ張った。  「アトピーになっちゃったんです。顔が……」  涼子は合点したようだった。  「大変ですね。ストレスですか」  澪は説明した。  「どちらかというと、安心した途端に……」  「なるほど、そういうのもあるんですね」  澪は気を取り直して手土産を出した。しかし、涼子は丁寧に断った。ブルーフェニックスは、いただきものが出来ないらしい。  澪は手土産を引っ込めた。涼子は優しそうに微笑している。澪が恐怖した鼓膜の震えはもう襲って来ない。澪は内心、もっと涼子に甘えたかったが照れくさかった。  勤務中の凪は三番窓口でお使いを頼まれ、十四番窓口に向かうため、冬使用の制服姿で総合待合室を横切っているところだった。  今日窓口担当でない涼子が窓口に出て、誰かと親しそうに話している。彼は興味がわいて話しかけた。    「涼子さん、お身内ですか」  「いいえ、友の会の被害者の方です」  凪は見たような女性にピンときた。  「もしかして北川さん?」  「そうです」涼子は自分の客に言った。「澪さん、紹介しますね。彼は隊員の御門君です」  「はじめまして。北川澪です」  「御門凪です」  凪は澪と会釈しあったあと、微笑みかけた。  「がんばりましたね」  「ありがとうございます」  凪はじーっと澪を見つめた。察しのいい涼子が付け加えた。  「彼女の帽子は肌トラブルです。見逃してあげてください」  「なるほど、肌トラブル」  凪はぐいんと右に身体をかしげた。澪は左にそっぽをむいた。  「……。」  「……。」  凪はぎゅーんと左に上体を倒した。澪は右にそっぽをむいた。  「……。」  「……。」  凪は体勢を元に戻して片手で相手の帽子の先っちょをつまんだ。好奇心で口がとんがってしまう。  「御門君」涼子の声を聞かずに、ぺろっと1センチめくってしまった。すると澪はガバッと両手で帽子をおさえた。そのまま顔面を隠し、紙袋を持ったまま一目散に駆け出す。凪は脊椎で追いかけていた。  澪はブルーフェニックス本館の長い廊下を走った。一般の通行人のどよめく声。澪は手土産をなくしたことに気がついたが、もう考えようとは思わなかった。  彼女の後ろからゴロゴロ音がして、ある瞬間、目の前に何かが飛来した。スケボーでジャンプを披露した凪だ。終わってもまだゴロゴロ乗りこなしている。  「他にスノボも出来るよ」  「キャアァァァァァ!」  澪は方向転換して逃げた。しばらくすると背後で「北川さーん」凪が宙返って上から降ってきた。  「おれ、こんなのも出来るよ」  「キャアァァァァァ!」  澪は更に方向転換した。しばらく走ってると、後ろから凪が追い越して来た。カップ麺食べ食べ尋ねてくる。  「どうしていちいち悲鳴あげるの?」  「キャアァァァァァ!」  澪は手近な相談室があったので飛び込んだ。内から鍵を閉める。空室だ。ここなら大丈夫。そう思って室内を見回すと、同じ部屋で凪が床に頭をつけて逆さでスピンする、あのダンスを披露していた。  「キャアァァァァァァ!」  澪は相談室を飛び出した。通行人をかき分け通路を走り、中庭に脱出した。背後で気配。振り返ると凪が際限なくバク転して澪を追いかけてくる。  「キャーッ! キャーッ!」  彼女は何メートルも逃げたのちにとうとう追いつめられて泣いていた。  「見えないから見たくなって、逃げたから追いかけただあ? 犬かおまえは!」  その後、凪は隊長、雨風搭吉郎にしぼられていた。タイル張りの中庭に搭吉郎が周到に用意した座布団が敷かれ、二人が膝と膝を付き合わせた形。  澪は近くの白いベンチに涼子と座り、彼女の腕の中でギャンギャン泣いていた。帽子は乗せてんだか取れてんだかで、顔が見えてる。澪は肌荒れを隠すことはとうに忘れているようだった。  ブルーフェニックスは医療とも連携している。晴天に恵まれた日の広大な中庭は、療養空間として解放されていた。冬に咲く花、吹雪の君は満開だ。あちこちにボランティアの芸術家、補助犬、セラピー犬の姿がある。  凪は搭吉郎に言った。  「ちゃんとサービスもしたんだ」  「おまえの求愛のダンスは、男に面白くて女性にコワいんだ!」  「バク転、カッコ良かろ?」  「ありゃちょっとやるから憧れの的なんだ。20メートルも30メートルもバク転で女性を追いかける男は頭の中まで筋肉みたいでコワいんだよ!」  「ギエェェェェェ!」  説教は長いわ、澪の泣き声は盛大だわ、凪は弱り果ててしまった。  「御門君、安心して」その時涼子が言った。「彼女恐がってるんじゃないの。マジギレして泣いてるの」  「そうなんですか?」  「ギエェェェェェ!」  凪は気になる娘の機嫌はいまひとつ取れなかった。  ブルーフェニックス本部中庭に澪の怒りの泣き声が轟いた。
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