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国親の正体
そうして国親は、住む場所を探しているのかいないのか、よく分からないまま早くも十日が過ぎようとしていた、そんな頃。
千葉DC(物流センター)へ持って行かなければならない資料を家に置いてきてしまったのに気付き、社用車で一旦部屋に寄った。
国親は出かけていて家は留守だった。たまに出かけていることは知っていたが、どこに出かけているのか知る必要もないからそのまま訊かずに黙っている。
合鍵は渡していた、国親が出て行ったあと鍵交換をするつもりでいたから大丈夫。
住まいでも探しに行っているのかな?
ホッとするような、切ないような、なんとも言い難い胸のうち。
ダイニングテーブルの上にカードケースが置いてあることに気付く。
俺のではない、国親のか? 高そうだな…… 本革のようだ。
何気なく手にとった、他意はない、本当に何気なく。
え?
裏返すと透明窓になっていて、そこには免許証が入っている。
そして、国親の氏名を知る。
『神奈坂国親』
神奈坂?
…… 神奈坂? 『那栄商事』の社長と同じ苗字、まさかな。しかし、社長の名前も思い出す。
『神奈坂 忠親』
…… 偶然にしては、似過ぎた名前。
ハッと思い、スマホで会社概要を調べてみた。
役員の名の中に、執行役員として『神奈坂国親』がある。彼…… だよな、きっと。どこにでもいる名前ではない。
自分の苗字が好きではないと言い、俺に教えなかった国親。
収入源はあるらしい国親、役員報酬を受けているのか? 何もせずに。
少し手が震えてきて、元にあった場所にカードケースを戻すと資料を手に取り急いで部屋を出た。
ドクドクと心臓の鼓動が激しくなり、運転する手も震えた。
危ないぞ、しっかりしろ、気を引き締めるんだ、自分に言い聞かせる。
あれこれあれこれと考えが頭の中でぐるぐると回り、国親と関係を持ってしまったことを真っ先に思い出す。
…… どうしよう、まさか彼が俺の会社の役員だとは知らなかったし。
というか、役員どころか国親は『那栄商事』の跡継ぎではないのか? 確か、社長は一粒種の子だと聞いた記憶がある。
…… いや、甥っ子とかかもしれない、他にも神奈坂の名のつく役員はいるだろう。
「………… くん? 」
「あ…… は、はいっ!」
いけない、千葉DCのセンター長と話しをしている最中だった、集中しなければ。
「考えごと? 珍しいね、天越くんが心ここにあらずな感じ」
にこやかな顔で言う。すみません、と頭を下げると、
「天越くんも普通の人間だった、って思えるよ。几帳面で一生懸命だしね、ちょっと、頑張りすぎなところがあるけどね」
「…… いえ、すみません」
そうだ、センター長は社長と同じくらいの歳だ、何か知っているかもしれない。役職で言えば部長、それなりに地位のある人だ。
「センター長は、社長のご子息をご存知ですか? 」
「…… 国親くん? 」
どきりとする。「国親くん」と呼ぶのなら、彼自身を知っているのだろう。
「…… はい」
「うちの会社の役員だよ」
「…… そのようですね…… 」
「天越くんと同じくらいじゃない? 年齢」
「そうなんですか? 」
先ほど免許証を見てしまったとき、生年月日も見て知っていたが、今知ったように応えた。俺よりひとつ歳上、二十八歳だった。
「国親くんが、どうした? 」
「あ、いえ…… 私もセンター長くらいの年齢になったら、ご子息が社長になるのかな、などと思ったりしたものですから…… 」
「そうだね、私が入社した時、今の社長はやっぱり役員だったからね」
「でも、それなりに色々と仕事やお付き合いが大変だったんでしょうね」
遊び呆けている国親のことを遠回しに聞けるかと思い、そう話してみた。
「若いのによくやってたと思うよ、社長は」
「…… もう五代目ですよね…… ご子息は六代目、ですか」
「国親くんもよくやってるよ、色々と言われてるみたいだけどさ」
「色々と…… 言われている? 」
しかも、「よくやってる」とは?
「遊んでばかりでいい気なもんだ、なんて言われてるけどね、いろんな仕事場に顔を出して少しでも風通しが良くなるようにって、若い社員やパートさんやアルバイトの話しを聞いてるんだよ、身分隠して…… あ、これは内密に」
人差し指を立て口に当てると、軽くウインクをするセンター長が続ける。
「役員たちは現場のことなんか微塵も知らないだろう? それなのに『馬鹿息子』みたいに誹謗するような噂ばかり入ってくる、彼も気の毒だ」
「………… 」
「いけない、余計なことを話し過ぎたかな。国親くんを悪く思わない人が一人でも増えてくれたらいいな、なんて思ってしまってね」
「…… そう、でしたか…… それだけしっかりしている後継者でしたら、会社も安泰ですね」
「ああ」、とセンター長が明るく笑った。
「天越くんはきっと出世して上に立つ人間だ。そうしたら会社が次の代に、国親くんが社長になった時、力になってあげてほしい」
「…… いえいえ、あ…… はい……」
出世する、と言われたことに謙遜し、力になってあげて、ということには怪訝ながらも「はい」と答えた俺。
センター長が話す国親のイメージがどうにも違いすぎて、やはりしっくりこない。
本当に国親が那栄商事の跡継ぎなのか?
免許証の写真は間違いなく国親。免許証だからか無表情な顔で写っていた、端正な顔が一層際立って見えた、それにもドキリとしてしまったんだ。心の中で『いい男だ』なんて呟いていたように思う。
というか、俺が『那栄商事』の社員だと国親は知っているのだろうか。
会社のことを話したことはない、社員証だっていつもバッグに入れているし社名の入った封筒も…… 家には置いてなかった、よな…… 少し不安になる。
知ったら、どうなるのだろう。
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