失礼極まりない男

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失礼極まりない男

「えっ!? だれっ!? 」 こっちのセリフだ。 翌朝、起きてすぐに彼を起こしに行った。 昨夜のまま体勢が全く変わっていない、こんな場所でどれだけ爆睡できていたのだろうかと、ある意味感心する。 「さぁ、出て行ってくれ」 「…… だれ? 」 「…… 失礼にもほどがないか? 君。人の家の前で酔っ払って寝ていたくせに」 「え? あ、待って…… 」 そう言って一旦、部屋の玄関を開け周りを見回していた。 「…… ここ、シオリんちじゃないの? え? シオリの新しい彼氏? さん? 」 「ここはシオリさんの家でも、俺はシオリさんの彼氏さんでもない。以前に住んでいた人ではないのか? 」 「へっ!? シオリ、引っ越したの? 」 「知らないがっ!? 」 ああ、イライラしてくる。 「早く出て行ってくれ」と言い捨て、俺は朝食の支度を始めた。 朝食はきちんと食べる、活力源だからな。 とはいえ忙しい朝だ、食パンを二枚焼き、シリアルに豆乳を入れヨーグルトにはその日の気分のジャムをのせる、今日はブルーベリージャムで、そしてハイカカオチョコレート数枚を口にする、毎朝の簡単なお決まりメニュー。 それでも、休みの日にはそれなりに料理をしたりする。 二年前に別れた恋人、半年ほど同棲していたが、たまに作る朝食を美味しいと言ってくれていたな…… ふと思い出してしまって胸が少しちくりとした。 仕事が忙しすぎてすれ違いが多く、結局別れてしまったんだ。 彼もハンサムだった。( も? )誰と比べているんだ、俺は。 「俺も腹減った」 「は? 」 ぬっとリビングダイニングに現れた彼が、悲しそうな顔をして言う。 大きい、俺よりも十センチ近く背丈があるのが分かる。かなり大きいな、なんて思ってる場合じゃない、 「まだ出て行っていないのか!? 」 キーッ! となりそうだ。 「腹減ったよ」 綺麗な顔をしてそんなことを言われてしまい、ちょっと動揺する俺。 「食パンをやるから、これを食べたら出て行ってくれ」 「うん」 意外と素直なんだな、少し拍子抜けがした。 「ヨーグルト、うまそうだな」 「…… まだ口をつけてないから差し上げよう」 「いい人だね、あんた」 あんた? 言葉を選びたまえ、初対面だぞ…… 俺は昨夜から知っているが。 血圧が上がる。 それでも、パンを食べている姿が可愛い、体は大きくて綺麗な…… 端正な顔で美男、さぞかしモテるのだろうと察する。 シオリさんとやらは知り合いか? それとも…… 昔の彼女なのか? 「新しい彼氏さん?」なんて俺に訊いていたしな。 食べ方もきれいだ。顔なんか完全に好みのうえ、そんなお行儀の良さを見せられたら胸がドキドキと打ってしまう。 「いつここに越してきたの? 」 友達みたいに話しかけるな。 「…… 二ヶ月ほど前だが」 「へぇ…… じゃあ、最近だ」 なんて言いながら、嬉しそうにヨーグルトとブルーベリージャムを混ぜている。少し胸がとくんとする。 「シオリさんとやらは? 」 「前に一緒に暮らしてた元カノ」 別れた彼女か…… 。 「何ヶ月前までここで暮らしていたんだ? 」 「三年前」 「…… は? 三年前? 最近ではないのか? 」 「そ、全然連絡もとってなかったから、引越ししたの知らなかった」 三年も前に別れた彼女の家によく突然来れるな。呆れ果てながらも、美味しそうにヨーグルトを食べている姿に少し心が奪われそうだ。 いやいや違う、ぶんぶんと頭を振って気を取り直した。 「…… もう時間なので俺は家を出るから、君も出てくれ」 「まだヨーグルトが残ってるもん」 「………… 」 いい加減にしろ。あまりの図々しさに言葉が出ない。 「なんて名前? 」 「…… 君に教える義理はないが」 なんて無礼な人間だ。見た目は俺の好みど真ん中でも、人間的には最悪、大嫌いなタイプだ。 …… よかったじゃないか、と自分の胸に呟いた。 「いいじゃん、教えてよ」 「それなら君から名乗るのが礼儀だろう」 「俺? 国親(くにちか)。国語の『国』に親しい、ね」 国親さん? 珍しい苗字だな。 言った手前、俺も言わないとだめか、なんだかな。 「…… 天越(あまこし)です」 なんで俺だけ「です」とか付けてんだ、名を名乗る時は普通そう言うだろう、いつものように言ってしまったじゃないか。 「ふぅん、よろしく」 なぜ「よろしく」なんだ! 完全に頭にきてしまって大きな声を出してしまう。 「早くっ!君も出て行くんだっ!さぁ!さぁ!」 国親さんとやらの後ろ襟を掴んで椅子から強引に立たせると、玄関まで引きずるように連れて行った。 「ちょ、ちょっと、ひでぇな扱いが」 「君にはこれでも足りないくらいだ!見ず知らずの君に、ここまでしてやったんだ、礼を言われても文句を言われる筋合いはないっ!」 一気に捲し立てて玄関から追い出してやった。 あ、靴が残ってる、また玄関を開けて彼の靴を放り投げた。 ふぅぅ、朝から疲れてしまったではないか。 今日は埼玉まで行かなくてはいけないんだ、栄養ドリンクでも飲んでいこう。 それにしても失礼極まりない、あれほど失礼な人間に会ったのは初めてだ。ムカムカとする胸と苛立つ心をこらえて会社へ向かった。
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