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まともに受けるな
ん…… 朝? か?
はっ!
ガバッと上体を勢いよく起こした。
隣りを見ると、国親が気持ちよさそうに寝ている。
そうだ昨夜、国親と関係を持ってしまった、どうしよう……
どうしようもこうしようも、してしまったのだからどうにもならないが、どんな顔をすればよいのだろうかと困惑する。
「…… おはよ、一朗太」
「はっ!」
驚きを声に出してしまった、起きていたのか。サッと、乳首を腕で隠したが、かえっていやらしく思えたというか、今さら感が満載で、目が泳いだ。
「ゆ、昨夜は…… その…… 」
「んー、俺、男と初体験。すげぇな、イケるもんだな」
イケるもんだな、どころじゃない。君は何度達したか分からないくらいに俺を抱き潰していたぞ。そんなふうに軽くなんでもないように話すから、俺だってそうしてみせる。
「そうか? 俺は久しぶりだったから、ちょっと羽目を外してしまったようで恥ずかしい」
言えた、俺だってなんでもないように言えたではないか、すごくないか?
「一朗太、そこらの女より色っぽかったぜ」
「それは褒め言葉と受け取っていいのだろうか? 」
どうだ俺の返し、上出来だろう。
しかし、こんな会話…… なぜだか切なかった。
面白半分で君は俺を抱いた。それでも俺は、充分に満足した。自慰や電動バイブなんか比ではないくらい、ものすごい快感を得ることができた。
俺だって君を利用したんだ、そうだ利用したんだ、そう強く言い聞かせ、ふふっと強がりの作り笑いを浮かべると、颯爽とベッドから出てみせた。
「なに? もう起きんの? 今日は休みだろう? 」
「休みの日だからと言って、いつまでも寝ているのは体によくない」
そう言いながら脱ぎ捨てられた下着を拾い、シャワーを浴びるため浴室へ向おうと部屋を出るとき、
「俺、もうちょっと寝てていい? ベッド、久しぶりだから寝心地がいい」
ずっとソファーで寝ていた国親、そう言うと嬉しそうにかけ布団を首元まで持ってきて目をつぶっている。
カッコいい君が途轍もなく可愛く見えてしまう。
昨夜は君に、この部屋から出て行ってもらうように話すつもりだったんだ。それなのにこんなことになってしまって、今さら言い出しにくい。
しかし、それとこれでは話しは別だ、きちんと話そう、出て行ってもらうように……
なのになぜ、心が乱れるんだ。
熱めの湯を出し、全身に浴びた。
「なんだ、これ」
俺が作った朝とも昼ともつかない食事を二人して囲んで食べている時、国親が茶封筒を差し出す。
「ん、もう半月以上も世話になってるからさ、生活費? みたいな」
サラダをフォークでつつきながら言う。
今だ、言うなら。
「こんなものはいらないから、今日にでも…… 出て行ってくれないか」
言えたけれど、ひどく胸が痛い。
「そんなさ、冷たいこと言わないでよ。ちゃんと探すからさ、住むとこ。それまでおいてよ」
「…… では期間を決めていいだろうか? 」
期日を決めてしまえば、その方が現実味があると思えた。
チラッと俺を見た目が哀し気で、さらに胸がチクっとする。
「…… いいよ、じゃあ…… 」
と、国親。
なぜ君が決めるんだ、俺が決めるんだからなっ!またも、いつものイライラが蘇りこめかみの血管が浮く。
「今月いっぱいでどう? 」
「っ!どう? って!今月はまだ明けたばかりじゃないかっ!まるまる一ヶ月あるようなもんだろうっ!今まで居座ったより長く居るつもりなのか君はっ!」
思わず大きな声で一気に捲し立てた。
「も〜う、うるさいなぁ〜、だって一朗太のそばって、居心地がいいんだもん」
なんて、耳を両手で塞ぎながら、そんなことを言う。どきりとしたし、しかも悪い気がしない。
「もう、昨夜みたいなことしないからさ」
そう言われて途端に顔が真っ赤になってしまった俺、だめだ、動揺するな、俺だって国親の好奇心に付き合ってやっただけだ、そうだろう?
「当たり前だ、させるものか」
ひどく赤らめた顔で、ようやく応えた。
どれだけ気持ちがよかったことか、どれだけ心が満たされたことか、好奇心、興味本位とはいえ、国親は優しかったし丁寧に抱いてくれた。
今まで関係を持ったどの男より、上手で優しかった。
すぐに、あちらこちらに女ができる理由だって分かる。
でもどうして付き合っても続かないのか、それは分からなかった。
一ヶ月も一緒にいたら、絶対に好きになってしまう。
離れなければ…… でも、今のこの空間を失うのも正直怖かった。
「…… 分かった。なるべく早く住むところを見つけてくれ」
「さんきゅうっ!だから好きだよ、一朗太っ!」
だから好きって…… そういうことを軽々しく口にするものではない、小さく国親を睨んだけれど、国親は俺の視線に気付いていない。
料理は相変わらず苦手なような国親で、それでも洗濯なんかはしてくれるようになった。
最初は洗剤を入れすぎて、何度もすすぎをしなければならなかったけれどな。
女性と暮らしていた時はどうしていたんだろう、全部やってもらっていたのではないかと思って心苦しくなる。
…… なんでだ、なぜ俺が心苦しくならねばならないんだ。
「天越さん、最近随分と肌艶がいいですね、何かいいことありました? 」
二年後輩の社員が俺の顔を眺めがらそんなことを言う。
「それを女性に言ったら、セクハラになるから気をつけなさい」
「えー、もう、天越さんって固いなぁー。せっかくの美男子が台無しですよー」
…… 固い、か? だよな、今まで散々言われてきたからな。
夜とのギャップがたまらない、と付き合った恋人からは言われてはいたが…… 国親からも、つまらない男と思われてるだろうな。
いや、『だから好きだよ、一朗太』って言っていた。
…… 住むところがないからだ、住まわせてほしいからだ、“好き” はそう言う意味じゃない。
国親の言葉を、まともに受けては…… 滑稽だぞ。
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