第一章0 島に伝わるある伝承

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第一章0 島に伝わるある伝承

 本土から約三百キロメートルに位置する瑠璃大島。この島では農業や漁業を主に産業としており、美しい青い海や白い砂浜、大自然に溢れる島の伝統的な文化遺産が観光地として知られ、年間五十万人の観光者が訪れている。  だがその島が有名なのは、観光地というだけではない。  ある伝承があった。  数百年も前、瑠璃大島では長い日照りで井戸水やため池は枯れ果て、土が乾き作物が育たず、食料不足に追われていた。島民は雨乞いの儀式を何度も執り行うが、一向に雨の兆しが見えず、死者は後を絶たなかった。乾いた土を喰うのみとなったその時、一人の少女が空から現れた。  島民はその少女を知っていた。  十五年前、豪雨が島を襲った時、日乞いの儀式により人柱として捧げた少女だった。  昔と変わらない姿で現れたその少女は人々が驚く中、やせ細り今でも事切れそうな民を哀れに思い、涙を流した。  彼女の涙が大地に落ちた時、彼女は手に持っていた簪を天に掲げた。  晴天を思わせる青い硝子玉が揺れ、シャンと銀の鈴が軽やかに鳴る。  途端島の上でふんぞり返っていた太陽は巨大な雲に覆われ、大粒の雨が島全体に降り注いだのだ。枯れた大地は息を吹き返し、人々の喉と身体に潤いが戻る。  のちに『神の雫』と呼ばれたこの奇跡に島民は雨粒に隠れて涙を流し、喜んだ。  彼女は島民を助けるために、神より遣わされたのだという。自分を生贄に捧げられたことを厭わずに。  人々は彼女に感謝し、崇めるようになった。  しかしその日以降も日の光が大地の水を奪い続け、雨が一滴も降ることはなかった。その度に彼女は力を使い雨雲を呼んでいたが、とうとう人々はその異変の不安を少女に向けた。 『天より遣わされた少女こそ、疫病の使者なのだ』と。  その話を信じず彼女を守る者たちもいたが、反対勢力によって結局彼女は暗殺された。  しかし彼女が死んでも、結局日照りは止むことなくまた民に襲い掛かる。  民は嘆いた。民は祈った。民は懺悔した。  間違いであったと。許してほしいと。  彼女を生き返らせてほしいと。  また、我々を助けてほしいと。  その時、産声が島に響く。  祭壇に捧げた彼女の簪から光の粒が雲を裂いて星々を描く。  その光の道は、食料不足の中奇跡的に生まれた赤ん坊の元へ。  赤ん坊の泣き声と呼応するように雨雲が集まり、島に水を齎した。    少女の後継者の誕生だった。
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