46 ジャックと名乗る男

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46 ジャックと名乗る男

 アッシュが“違う”と気付いたのは直後の事――。   妙な違和感を感じ取ったアッシュはラグナの顔を覆っていたローブを乱雑にめくり上げた。  すると、そのローブの下にはラグナ――ではない、別人の姿があった。 「なッ……お前は……!?」  視界に捉えた男の顔を見て眉を顰めるアッシュ。  目の前に倒れる彼からは確かにラグナの面影を感じる。  だがまるで“別人”だ。  似てる部分もあるが、髪色も目の色も違う。  アッシュが驚きと困惑で一瞬で言葉を詰まらせると、次に男が口を開いた。 「その様子だと、私をラグナと間違えたみたいだね。……“ブルーランド王子”」 「……!?」  突如その名を出されたアッシュは無意識に剣を握る手に力を入れていた。 「何者だテメェ」  再び鋭い眼光を男へ向けるアッシュ。  喉元に突き付けた剣先をギリギリまで沈みこませると、男の首筋に一筋の血が伝った。 「私はラグナではないが、奴の居場所に心当たりがある」 「心当たりがある……? ここにいる筈だろ。練成術で魔物を操ってるんだからよ」  底の知れない怒りと同時に、アッシュは冷静でもあった。 「確かに今いるノーバードは練成術で生み出した魔物だよ。だが肝心の“術者がラグナではない”」 「何ッ……!?」 「この練成術は別の魔導師の仕業だよ。ラグナから教えられたのさ」 「どこまでもふざけた野郎だ……! なら奴はどこだ? 答えなければ殺す」  脅しではない。  それはアッシュの瞳を見れば一目瞭然だ。 「私を殺せば奴の居場所は分からくなるよ。それでもいいなら殺してみろ」  男も相応の覚悟を決めているのか、その言葉と表情に偽りがない。 「私の名はジャック。“ジャック・ジョー・ユナダス”――」  名を聞いたアッシュは目を見開いた。 「ユナダス……だと?(じゃあコイツは……)」 「ああ。父はヨハネス・ジョー・ユナダス国王。証明出来る物はないが、私は正真正銘ユナダス王国の王子。そして……ラグナの“兄”でもある」  驚きを隠せないアッシュであるが、そんなアッシュを他所にジャックは淡々と言い放った。  以前彼ら2人の周りでは激しい争いが続いている。  しかしアッシュとジャックには最早それら全ては雑音。  互いの言葉しか耳に入っていなかった。  更にジャックは話を続ける。 「君がユナダスを恨んでいるのは重々承知している。しかし事態は一刻を争っているのだ。ラグナの居場所は私が教えてあげよう。だからその代わりに……私も一緒に同行させてほしい――」 「お前を一緒に……?」  目まぐるしい状況変化にアッシュも険しい表情を浮かべている。  一度に得た情報が多い。それも思わず聞き直したくなるような内容ばかり。  それでもアッシュはこの緊迫する戦況の中で懸命に頭を回転させる。 (コイツがユナダスの王子……そしてあのラグナの兄だと……? 一体コイツは何を考えてやがる。何故俺なんかと一緒に……) 「考えているところ悪いが、事態は一刻を争っていると言っただろう」  未だアッシュに馬乗りで剣を突き付けられている状態にもかかわらず、ジャックは真っ直ぐアッシュを見て煽るように言った。  確かに迷っている暇はない。  こうしている間にもエレンの危険は続いている。 「助けたいんじゃないのかい? 混血の女神を」 「――!?」  ジャックの言葉で我に返るアッシュ。  一瞬エレンの顔が脳裏に浮かんだアッシュはゆっくりと立ち上がった。 「……何が目的だ。何故エレンを狙う? 混血の女神とは何だ!」  立ち上がりながらも、アッシュは剣先をジャックに向けたまま睨みつける。 「事情を全て話すには時間が足りないが、ラグナを止めたいのは俺も同じだ。でも残念ながら俺にはその力が備わっていない……。全く以て情けない話さ。 だから恥を忍んで君にお願いしている。ラグナの居場所は教えよう。だからお願いだ。私も一緒に同行させてくれないか」  ジャックという男の言葉は全て本心。    それは先程からずっとアッシュも感じている。  しかし状況が状況なだけに、彼の発言を鵜吞みにする危険さもまたアッシュは感じていた。  だがそんなアッシュの警戒を解くかの如く、ジャックは“誠意”を見せる。  ――カラン、カラァン……。  徐に自分の剣や甲冑を脱ぎ捨てるジャック。  そしてゆっくりと立ち上がった彼は両手を上に挙げ、戦意が無い事を伝える。  更にジャックはそのままアッシュの前で両膝を地面に着けると、自ら両腕を後ろに回したのだった。 「君が俺を信用出来ないのは当然だ。だから抵抗しないように自由に拘束してくれ。私はラグナを止められればそれで十分なんだ――」  無抵抗の意を示すジャック。  アッシュは彼の発言や行動に驚かされるばかりであったが、アッシュもまた何か決意した表情を浮かべるのだった。 **  日は沈み、辺りはすっかり暗い。 「信用出来るの?」 「分からない」  神妙な面持ちでそう言葉を交わすのはアッシュとローゼン総帥――。  彼らが乗る馬車は通常よりも大きい特別製。  馬車を引くのは最速のファストホースである。 「まぁ他に手掛かりがない以上、今は彼を頼るしかありませんな」 「ああ。舐めた事したら首を掻っ切ってやる」  エドが訝しい表情を浮かべていた横で、アッシュは躊躇いなく殺気を向ける。 「……勿論だ。もし嘘だったら殺してくれて構わない」  アッシュ、エド、そしてローゼン総帥の3人から視線を注がれる中、ジャックは真っ直ぐな瞳で訴え掛けていた――。
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