重ねた旋律

1/8
7人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
 私は凡人だ。林田藍佳はもう、小学生のときにそれを思い知らされた。天が与えた才能というのを持っている人は本当にいる。それを目の当たりにしてしまったから。 「藍佳、また告白されてたらしいね」 「ああ、うん」 「ああ、うんって。どうして誰とも付き合わないの?好きな人でもいるの?」  大学のゼミで仲良くなった詩音は、何人もに大学で告白をされているのに一向に恋人を作ろうとしない藍佳に疑問を抱いていた。 「好きな人…って言っていいのか分かんない。雲の上の人なんだよ。私なんかじゃ手が届かない人」 「なにそれ、芸能人?」  詩音は茶化すように笑っている。 「似たようなもんかな」 「なにそれー」  藍佳は彼を想う。未だにやり取りをする彼のことを。  まだ子供の頃、藍佳は近所のピアノ教室に通っていた。小学二年生の頃だ。当時彼女はピアノが大好きだったし、休日に暇をつぶせる教室が大好きだった。  それが小学四年生になったとき、近所にお金持ちの家が引っ越してきたと噂になった。藍佳はそういうものにどこか懐疑的で、正直興味が湧かなかった。だから、その家もそこにいる子供というのも最初は全然知らなかった。  それがどうやら一つ上の学年に転校してきたらしいと学校で話題になり、藍佳の耳にも入るようになっていた。彼を見て最初に思ったのは、綺麗な子だな、だった。端正な顔立ち、背筋が伸びていて、身長はその頃の藍佳と大して変わらなかったのに、随分と大人びていた。  ある日、音楽室でピアノを弾いていると、静かに扉を開けて入ってくる男の子がいた。 「あ…」  あの子だ、瞬時に藍佳は思った。 「やっぱり。いつもここでピアノの音がするなって思ってたんだ。先生が練習でもしてるのかなって思ったけど、生徒だったんだ」  それが、紺野(すぐる)との出会いだった。  俊は、入ってきてじろじろ藍佳を見ていた。あるいは、藍佳の弾くピアノを。彼女のピアノはお世辞にも先生が引くピアノとは言い難かったが、それでも好きが高じて同年代ではそれなりに上手い方ではあった。練習していたのは、ピアノ教室で渡された課題帳のブルグミュラー25のアラベスク。 「今の曲、かっこいいね。なんて曲なの?」 「…アラベスク。練習曲だよ」 「ピアノ教室に通ってるの?」  男の子がパッと表情を明るくした。 「…興味あるの?」 「最近音楽室から聞こえるのよく聞いてて、僕も行ってみたいなって思ってたんだ」  そんな経緯があり、彼を先生に紹介することになった。元々親が金持ちなのもあり、俊が教室に通いたいという要望はすぐに叶えられることになった。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!