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母の日
母の日、それは私を深淵に引き摺り込む。
母の日はカレンダーを捲った五枚目の日曜日に小さく印刷されている。
そしてその文字を見る度に私は沼へと落ち、忘れるな、忘れるなと誰かが耳元で囁く。忌々しい思い出だ。
小学校二年生の図画工作の授業で八つ切りの白い画用紙が配られた。
「はい、各自クレヨンを準備するように!」
教師の声にそれぞれが青いお道具箱を取り出して輪ゴムで止められた十二色のクレヨンの箱を机の上に置いた。
「母の日にお母さんにプレゼントをする絵を描きましょう」
当時は父子家庭への配慮もなく、教師は黒板に白墨で母の日と大きく書き殴った。
(母ちゃんの絵)
朧げな記憶の中では、頭部が6、胴体が4の奇妙な比率に、手足が伸びた小学校低学年らしい出来上がりだった。
(可愛い)
ふわふわの赤茶色の巻き髪
赤い口紅
真珠のネックレス
オレンジ色の裾広がりのワンピース
真っ赤なハイヒール
教師は名前を呼び、教壇に並べられた赤いカーネーションのブローチを母の絵にセロハンテープで貼った。ブローチには白い紙のリボンが垂れ下がり(お母さんありがとう)と黒い文字が印刷されていた。
私はその絵を抱えて意気揚々と帰宅した。
(母ちゃん、喜ぶかな、褒めてくれるかな)
私の逸る期待は大きく外れた。
パートタイムの仕事を終えて帰宅した母親に手渡した母の日の似顔絵は、一瞥した母の手でその場で無惨にも破かれてしまった。あかぎれでささくれた指先が画用紙の摘み、引きちぎる音は今も耳に残っている。
顔を真っ赤にし、眉間に深い皺を寄せ、眉毛は吊り上がり、目は怒りでギラついていた。激怒した母は私を激しい口調で罵った。
(こんなもんもろても嬉しくないわ!ダラが!)
私は訳がわからないまま母屋の離れへと駆け込んで障子を閉め、祖母の座るこたつの中に逃げ込んで泣いた。祖母は何も言わずに背中を撫でたが、母親の逆鱗に触れた私の肩の震えは止まらなかった。
やがて日が暮れ、夕飯の支度をする母親の持つ包丁の音を聞きながら、私は薄暗闇の縁側で泣きながら破られた母の日をセロハンテープで貼り合わせた。
母の日は、小学二年生だった私の心に陰を落とした。
※ダラとは馬鹿、愚か者などを指す北陸地方の方言
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