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渡の営んでいる店は、商店街の片隅に位置する小さなアクセサリーショップである。達朗が営む惣菜屋もあるこの商店街は、下町の昔懐かしい雰囲気はありながらも、大学が近くにあるせいか常に若者の出入りもあって賑わいがある。時代に押されることなく、今もなおシャッター街とはならずに生き生きとした雰囲気を保っていた。
渡の店は比較的新参者の店ではあるものの、うまくこの商店街に溶け込めていると渡は思っている。というのも、渡自身もかつてはこの商店街の近くにある大学に通っていて、よく見知っている街だからだ。当時からこの周辺で暮らしており、今となっては生まれ故郷よりもこちらの方が愛着があるほどである。商店街の中でも顔を知られていたから、馴染みやすかったのかもしれない。
そんな渡の店は小さな店ではあれど、工房と手を組んで二人三脚で運営しており、その工房で作ってもらった手製のアクセサリーを並べている。職人のセンスを渡も気に入っているから基本的には自由に作ってもらっているが、たまに渡が提案して作ってもらうこともある。渡はこの店をとても気に入っていた。
そして特に力を入れているのが、アクセサリーの修理対応である。工房との関係が密接なこともあって、型に嵌まった修理対応だけではなく、客の要望にできる限り応えるために渡と職人と綿密な打ち合わせをしたり、時には客とともに工房へ出向き、客が直接職人に要望を伝えられる場を設けたりすることもある。だから壊れてしまったアクセサリーの修理だけではなく、リメイクや、時にはオーダーメイドも請け負うことができるのだ。どこで買ったかも忘れ修理する術もなく、けれど捨てることもできずにジュエリーボックスの奥に眠っていたものをまた身に着けることができると喜ばれ、最近では、大々的な広告は打っていないにも関わらず口コミで客が訪ねて来るまでになった。
「このネックレスのチェーンが切れてしまって」
今日も、前に友人がここで直してもらったと聞いて訪ねてきたのだと、壮年の女性が修理品を持ち込んできた。チェーンとペンダントトップが一体型になっているデザインで、自身でチェーン交換をするのは難しい造りのアクセサリーだった。
「承知しました。一週間ほどお時間いただければお直しできますよ」
「本当に?」
以前に友人から海外のお土産としてもらったアクセサリーで気に入って使っていたのだが、巻いてたストールを取る際にネックレスが引っかかり、ストールもろとも引っ張ってしまい、切れてしまったのだと言う。海外の店だから修理に持ち込むこともできず、かと言って自分で修理することもできずに、捨てるしかないだろうかと諦めかけていたときに渡の店の話を聞いたらしい。
「この切れているチェーンを繋ぐこともできるんですが、素材的に、繋いだとしてもちょっと脆くなってしまいそうです。なので、チェーンだけ似たデザインのものに取り換えるのも手だと思います。たとえば……」
渡は見本のチェーンの束を差し出す。
「なるほど。このチェーンが一番近そうですね」
女はその中からひとつを選ぶと、安心したようにほっと息をついた。
「すごく気に入っているものだったから、直ると聞いてとても安心しました」
よかった、と独り言ちるように呟く。渡はそんな女の幸せそうな様子を見て、思わず笑みを深くしてしまった。渡までもが幸せな気持ちになる。そして客の喜ぶその表情こそが、渡にとってこの店を始めたきっかけであり、続けている理由だった。
「大切に、お預かりさせていただきます」
渡は幸せを噛み締めながら、帰っていく女の背中を見送った。
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