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赤井の容量
これはね、縄の痕です。
あと、ここと、ここ。
赤井は黙って聞いている。
わたしは赤井よりもっと厄介だった。
(どんなことしてほしいの、俺に。)
何度も聞かれたけど、わたしは何にもわからなかった。
「はじめはさ、趣味程度だから、軽くて。手、縛ったりぐらいだったけど、わたしも嫌じゃない、というかはじめはわたしの方が欲求があったから。」
赤井は、ずっと黙って聞いている。
わたしはあまり感情を表に出さないで、その人としているときも、一人で没頭するようだった。ある時、何かのきっかけで、その人の前で初めて、わたしの感情が爆発したことがあった。
「ちょうど、昨日の君みたいに、わーってなっちゃって」
その時のわたしは、目隠し、口も塞いで、上半身は縄をかけて吊り、手は後ろでギチギチで。足も吊られて、素人がやるにしてはかなり危険な状態。
非日常を楽しむ域を超えている。
「このさ、胸のところは皮膚がやわらかくて、ここは一番新しいから、まだわかっちゃうね。さすがに見えるところは外してくれてたけど、ヒヤヒヤだよね、肌出せないし。一番残ったのは腕かな」
手首に近い場所、七分袖だと少し見えてしまうぐらいの位置には、痣のように残っている。ここはいつもだったから。
「…そういえば、いつも長袖だよね。襟とかも詰まってたし、そういう理由は考えなかったな、さすがに」
「まあ、上手ければ痕が残らないようにできるんだろうけど、わたしのは、残っちゃってた。それに、もしかしたらわざとだったかもしれないしね」
その人は割と冷静な人間だったはずなのに、そのわたしの爆発をきっかけに、どんどん歯止めがきかなくなっていた。
段階を経るごとに顔つきが変わっていくのがわかったくらいだ。たぶん本人も気づいていのだろう。
対してわたしはその爆発で開放されたのか、すっかり現実に戻ってきてしまっていた。
それからは、お互いの温度差に対して、諦めや不安や怒りや寂しさを感じて、焦っていたのかもしれない。
「背中は、線じゃなかった。」
赤井が聞いた。
「背中か、ああ。それは火傷だ」
ふつうは専用の低温のろうそくがある。50℃くらいで融けるものを使う。ただ、温度が低いから、相当に入り込んでないと反応できない。
「わたしはさ、その非日常に没頭できなくなってて、演技も出来ないから、最後の方は普通のやつ使われてたみたい。物理的に、熱さに反応してるだけ」
元々そういう人だったのか、それともわたしがそうさせてるのか、いずれにしてもわたしが相手だからいけないのだと思ったら怖くなり、そこで終わりにした。
「あっちの世界は深すぎて、わたしは入口にも立ってなかった。すごいよね、これだけやってもまだ、ノーマルの範囲なんだって」
でもわたしはあっちにはいけなかったから。
「…行きたかったの?」
赤井はわたしに聞いた。
「行けてたら良かったのかなとは思ったけど、わたしには辛すぎて無理だった。ていうか、普通は無理だよ。リアルに事故とかもあるし、精神的に落ちちゃう人もいるみたいだから、相手次第でいくらでも壊れるよ。お互いに。わたしの恐怖心は、相手を壊しちゃうかもっていう方が上だったし、そっち側じゃないなって感覚があった。遊びでならできるけどさ・・・」
「そっか。」
ただただ聞いている赤井がありがたい。
「よかった、行かないでくれて」
赤井は、友達とか、きょうだいとか、親とかと話してる時みたいに、とんでもなく普通のトーンでそう言った。
「なにそれ、普通ドン引きするところだよ」
わたしは拍子抜けして赤井に言う。
「しないよ。だって先輩今ここにいるじゃん、だから別に、それで良くない?俺は俺の見てる先輩しか知らないし、それが全部だから」
「ちょっと、予想外の反応でおもしろいわ」
なんだろうな、このこは。
「だってさ、」
赤井はわたしの傷痕を撫でながら静かに言葉を続けた。
もしその時あっちに行ってたら、今、俺のこと助けてくれてなかったでしょ。もし先輩が壊れちゃってたら、俺のことは見えなかったでしょ?
だから、今、ここにいてくれて良かったよ。
「いい言葉、思いつかないんだけどさ、」
ありがとうね、あっちにいかないでくれて。
俺を助けてくれて、ありがとうね。
赤井の容量はとんでもなく大きかった。
だから、今度はわたしが、泣く番になった。
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