【3】

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 まもなく、アザミは大菊の間に召集された。たった一人で向かった部屋の最奥には、いつも通りの微笑を浮かべてタンポポの花を弄ぶ〝マム〟がいた。彼女がどうしてその花にこだわるのか、アザミは知っている。知っているからこそ、恐ろしくて仕方がない。 「置いていかれるのって、嫌よね」  アザミの顔を見るなり、キクはそう呟く。キク科の〝報告〟は、キクに顔を見せるだけで終わる。心の声を聞く能力を持つ彼女の前に、言葉は不要である。 「……ヨモギは、貴方にはなにも語らなかったのね、アザミ」 〝マム〟は全てを分かっている。どんなに取り繕おうとも、彼女の前で隠し事をするのは不可能だ。苦しそうな顔をするアザミに、キクは同情するような目線を向ける。そして、自分の手の中にあるタンポポを見つめながら言った。 「彼もそうだった。全ては君のためなんだと言って、そうやって自分勝手に行動して。私たち、二人で一つだと約束したのに」  キク科はかつて、たった一人だけ離反者を出したことがある。プラントという存在がまだ新しかった頃、キクと共にキク科を作りあげたという男。しかし、今は同名の花が彼女の手元に残るばかりである。 「ヨモギは、彼女のところへ行ったのでしょうね。キンポウゲ科トリカブト……あの子の実の姉よ」  ヨモギが語らなかったことを、キクは歌うように語る。アザミが睨みつけるような眼差しで見つめると、キクはやっとタンポポから目を離し、アザミを見た。 「ヨモギは臆病な子よ、貴方と同じくらい」 「分かってる」  アザミの口から、反射的に言葉が飛び出す。 「本当に?」  ───嘘だ。本当はなにも分かっていない。そんなアザミの心の声を聞いてから、キクはほうと息をついてから呟く。 「離反ね」  キクは離反を許さない。失うことを恐れる彼女にとって、離反は〝裏切り〟に等しい。〝マム〟は決定を下してから、大菊の間を去ろうとする。 「待ってください」  キクの足が止まった。アザミは畳に額をつけて、必死で叫んだ。 「……連れ戻します。俺が、絶対に」  キクはきょとんとして、それからふっと笑う。 「そうね。私もそのつもりよ。絶対に……絶対に逃がさないわ」    アザミが大菊の間を出たときには、もうキク科プラントに向けた命令が下されていた。  〝裏切者(ヨモギ)〟を捕らえるように、と。
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