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ワンルームは闇色に染まっている。たった一人の部屋で、アザミは目を覚ました。懐かしい夢を見ていた、気がする。
十二月、緑ヶ丘ニューシティの気象システムはすっかり冬に移行していた。どの街よりも寒い下街にも、中街の高架から人工の雪が降っている。アザミはそんな空を見上げながら、どうして布団の外がこんなに寒いのかを理解した。暖房を入れてくれる同居人がいないからである。
季節が変わっても、ヨモギはまだ見つかっていなかった。
アザミにとって、それはある意味では幸運といえたかもしれない。見つからない限り、ヨモギが〝処分〟されることはないのだから。〝マム〟の命令にもかかわらず、アザミはまともにヨモギを探してはいなかった。
「ヨモギ」
相棒の名を呟いてみる。しかし、いつも通り「なに?」と返す声はなかった。当然といえば当然のことではあるが、アザミは裏切られたような気持ちになる。アザミがヨモギに同居を提案したのは───ヨモギの家に転がり込んだのは、こんな思いをしないためだったのに。
アザミは嫌なことを思い出して、髪を乱暴に搔きむしった。ただの自然児だった頃、アザミの母親はほとんど家にいなかった。仕事だと言っていたが、その真偽は分からない。それでも、彼女はよくやってくれた方だとアザミは思っている。アザミの存在は彼女の人生にとって想定外なことだっただろうに、しっかりと扶養義務を果たしてくれた。ただ、寂しかったことだけは事実だ。
どうして俺が留守番しねえといけねえんだよ。アザミはそう思ったが、かといって菊花園に行こうともなかなか思えなかった。
ヨモギがいなくなって以来、菊花園は殺伐としている。キンポウゲ科の活動が盛んになったことにより、ただでさえヨモギの捜索をしなければならないキク科プラントたちはさらに仕事が増えているのだ。仕事が増えれば、心も荒んでいく。
「アザミ先輩、お疲れ様です」
アザミが菊花園の食堂に入ると、ヒマワリが挨拶をしてくる。正義感の強い彼女は、ヨモギを捕まえることに一番注力していた。アザミはそれに目線だけで反応する。
『……次のニュースです。昨日十八時頃、中街六丁目にて市議会議員が襲撃される事件が発生しました。被害者に外傷はあったものの、直接的な攻撃を受けた記憶がないことから、警察はプラント能力による犯行とみて〝植物園〟と共に捜査を行う方針です』
テレビから流れるニュースに、ヒマワリは眉を顰める。〝植物園〟の襲撃以降、キンポウゲ科は頻繁に事件を起こしている。普通のプラントにはこのような大きな事件を起こすことは難しいのだが、一般市民にはそれが分からないため、プラントそのもののイメージが下がっていた。これによって、〝楽園の守護者〟たるキク科は迷惑を被っている。
「……ヨモギ先輩が、キンポウゲ科リーダーの家族だっていう噂、本当なんですか」
テレビ画面を見つめながら、ヒマワリが聞く。
「……ああ」
「じゃあ、ヨモギ先輩ももしかしたら、この事件に……」
「ねえな」
アザミはぴしゃりと言った。
「姉がテロリストだからって、妹もそうなるとは限らねえだろ。それに、もしヨモギが中街での犯行に関わってんだとしたら、エレベーターの使用履歴ですぐに分かる」
市営エレベーターの運賃は、手の甲での生体認証で支払われる。これにより、いつ誰が使用したかは警察などの市の機関が確認すればすぐに分かるようになっていた。
「そう、ですよね……」
ヨモギの離反について、アザミを責める者はいなかった。むしろ、勝手に同情的になってヨモギを責める者の方が多かった。ヨモギに助けられ、ヨモギに傷を肩代わりしてもらっていたくせに。手のひらを返すような仲間たちの言動に、アザミは落胆していた。
その時、アザミの端末が着信を知らせる音を鳴らす。確認してみると、メッセージの内容は空で、その送信元にも心当たりはない。新手の迷惑メッセージかと思ったが、しかし。
言い知れぬ予感に急き立てられ、アザミは菊花園を飛び出していた。
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