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 僕は忘れない。  僕の中に時計があるならば、あの時一時(いっとき)、確かに時計は動くのを止めたのだ。  断片的な記憶はところどころ鮮やかで、長い間僕を悪夢に(いざな)った。  それは聞き慣れない音で始まる。僕は目を開けてはいけないという本能に反して瞼を上げて動き出す。小さかった僕は夜が怖かった。夜は暗くて、やたらと静かだ。音を立てると波紋のように闇に広がり吸い込まれてるように消えていく。油断すると自分も闇に吸収されるような感覚。  恐る恐る階段を下りていく。一段一段、壁に手をつき確実に足を動かしていった。  父と母の寝室は一階の和室だった。今はそこに僕を除く生まれたばかりの妹と三人で寝ている。  こんなふうに夜中に目が覚めた時、僕は皆が眠るその部屋を目指すのだった。僕はお兄ちゃんになったが、まだ夜を一人で乗り越えるには小さかった。小学生になったばかり。自分の部屋は嬉しかったけれど、一人で寝るのは嫌だった。それでもお兄ちゃんになったのだから、買ってもらったベッドで寝なければいけないと理解していた。  魔が差したように夜中に目覚めることがあり、夜の闇に負けそうになった。そんな時、小さな試練を乗り越えて辿り着く幸せな瞬間。母の布団に妹。父の布団に潜り込む僕。あの日もそうしたかった。ただそれだけだった。
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