震える岩

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震える岩  大半のオカルト現象には科学的な根拠がある。それが俺の持論だ。そうやって言うと清水は「じゃあ先輩はなんでオカルトライターなんてやってるんすか」と突っ込んでくるが、それは純粋に金のためだ。ガジェット系記事の執筆の仕事がないときにたまたま書いたオカルト記事の評判が良くて次からも声がかかるようになった。ほかのオカルトライターみたいに胡散臭かったり扇情的な文章を書かずに淡々と、かつ少し懐疑的なスタンスで記事を書いていたのが面白がられたらしい。一方で好きでやってるガジェット系の記事はカタログスペックの羅列が目立ち、人気がない。俺としては正確に理解する上でスペックは重要だと思うのだが、自分の好きなことと金になることというのはどうも一致しないというのが世の常らしい。  清水はお世話になっているオカルトマガジンのお抱えカメラマンで、時折一緒に組んで記事を書く。その日も山奥にある神社の御神体を撮影するため一緒に出かけていた。俺たちは慣れない登山であっという間に道に迷う。 「おかしいな。この辺だと思うんだが」と俺がスマホの地図を見ていると、 「やっぱり祟りですよ、先輩」と清水が隣で口を尖らせる。 「何言ってんだ。GPSが狂ってるか、電波が不安定なせいだろ」 「先輩が岩を殴って調べるなんて言うから、神様が怒ってるんです」 「神様が怒って基地局に入って俺のスマホだけ通信障害を起こした? まさか。そんなことできるわけない」  清水は「また先輩が屁理屈言ってる!」とぷりぷりしている。    その日向かっていた神社の御神体は大きな岩だ。しめ縄を巻かれ、全長10メートル近くある巨大な岩だが、これが土着信仰の対象になっている。地震や疫病などの天変地異の前触れにこの岩が震えることで信仰の厚い人々をたびたび救ったという伝承があり、俺たちはそれを調べにやってきた。  オカルトマニアの清水は、「そんな巨大な岩が震えるなんてまさに神通力っすよ!」と興奮しているが、俺に言わせれば中学生でも知ってる科学現象で説明がつく。「岩が震えるのは固有振動数のせいだろ」  物体がもともと持ってる固有振動数に近い振動を加えてやると共振して震える。初歩的な科学知識だ。たとえば人々の読経、あるいは歌声も振動数を持っている。たまたまそれがその岩の固有振動数と一致したに違いない。 「ちょうどいい。ハンマーでその岩を殴って固有振動数を確かめる。いいガジェットがあるんだ」と俺が言うと、清水は嫌な顔で応えた。 「まさか今日あのガジェット持ってきてないでしょうね?」 「もちろんリュックに入ってる。見るか?」と俺が言うと、清水は「もうおしまいだ」とかなんとか騒いでいる。俺がそのガジェットを持ってきたせいで清水は「祟りだ、祟りだ」と騒いでいるのだ。叩くどころかまだ御神体を見てもいないのに。  祟りというより登山経験不足および準備不足だと思うが、その後も何度か道に迷った。俺が携帯のナビを使う横で清水はリュックからL字に曲がった2本の金属棒を取り出し、ダウジングを始めた。 「やっぱ迷ったらダウジングですよね」  どういう理屈かわからないが清水のダウジングはそこそこ精度がいいので俺もうまく反論できない。今回もこれできちんと正しい道を探り当てた。いくら精度がよくてもこいつは街中でもこれをやるので恥ずかしくて一緒に歩きたくないが。  何度かそんなことを繰り返していると、登山道で小柄なじいさんが俺たちを追い抜かした。清水はその後ろ姿を見てつぶやいた。 「あれ? あのおじいさん」  頭髪が薄く、痩せていてちょっと大きめのチェック柄のシャツを着ている。俺から見ればなんの変哲もないじいさんだ。日本に似たようなじいさんが数十万人はいそうだ。 「あのじいさんがどうした?」 「登山口でも見ました」 「なんだ。そんなことか。俺たちと目的地が同じなんだろ?」  岩場の急峻な登り道が続いていて、体力的にきつかったので他の登山客を観察する余裕がなかったが、清水の方はいつも重たいカメラをぶら下げて歩いてるためか、周りを観察する余裕があるらしい。 「あと、ずいぶん前にすれ違った気がするんです」 「まさか」と俺は笑う。こんなきつい山を何度も往復するなんて信じられなかった。でも清水は考え込んでいる。 「只者じゃないと思いますよ、あのおじいさん」  体力不足の俺は清水に反論する元気もなかった。行きだけでこんなに疲れる山を何度も往復してるとしたら確かに只者ではないかもしれない。  舗装された石階段がしばらく続き、木々の密度が濃密になっていく。俺と清水は山頂まであと〇〇と書かれた看板を見つけるたびに喜び、「あとちょっとか?」「あと少しか?」と言い合って、ようやく山頂に着いた。真っ赤な鳥居をくぐると本堂が見え、その奥に件の巨大な岩があった。  平日の昼間だったので登山客はまだらで、チャンスがあれば人目を忍んで調査できるかもしれないと思ったが、まずは息を整えるための休憩が必要だった。俺たちは木陰の下で水を飲み、御神体を遠巻きに眺められる場所で腰を落ち着けた。 「あ、いる。先輩、いますよさっきのおじいさん」  ペットボトルの水を飲みながら清水がさすほうに目を向けると、たしかに俺たちを追い抜いたじいさんが岩の前にいた。 「きっと山の神です! 先輩謝ってきてください」 「そもそもなにを謝るんだ。まだ何もしてないだろ」  体力はすっかり回復したが、そのじいさんがずっと岩の近くにいたのでさすがにハンマーを取り出すのははばかられた。  写真撮影くらいならいいだろう、と言うが、清水はすっかり怖がって動かない。仕方なく俺はじいさんに挨拶をした。すると存外気さくだった。 「もしかして何度かすれ違いましたか?」と聞くと、じいさんはにこにこ笑いながら答えた。 「そうかもしれません。今日はこれで3度目のお参りになります」 「3度目?」と隣で清水が目をむいている。 「どうしてまたこんなきつい山を日に3度も登るのです?」  するとそのじいさんは俺たちの目を覗き込み、穏やかに話し始めた。  結局俺たちは御神体の写真だけ撮るとその日は麓の温泉に入った。例のガジェットは使うことはなかった。じいさんは病気の妻のために日に何度も山道を往復しているのだという。雨の日も風の日も、この半年間ずっとだ。 「愛ですねぇ」とビールを飲みながら清水がしみじみとつぶやく。  普段清水からは冷血漢と言われて憚らない俺だが、さすがにそんなじいさんの前でハンマーを取り出して岩をぶっ叩くほど非人情ではない。 「でも、記事は書けるんですか?」 「あのじいさんから岩の伝承をいろいろ聞いたからな」 「洪水からふもとの里を救った話とか、子供のために祈ったら病気が治った話とか?」 「あの話を適当につなげて記事にするさ」  温泉の近くの居酒屋で一杯やって、ホテルに帰るところだった。カウンターで軽く飯を食いながら清水と話しているとオカルト誌のライターという珍しい客に居酒屋の主人や他の客たちが食いついてきた。こういうとき俺は静かに一人で食いたいタイプだが、清水は周りとワイワイ騒ぐのが好きなタイプなのでいつの間にか座は大きくなった。 「でも変だね」と話を聞いた居酒屋の常連客のひとりが言った。 「あの山は今でも週に1度は登ってるけど、そんなじいさん一度も見たことないな」  今までいろいろな怪しいオカルトの記事を書いてきた俺だったが、そのときばかりは清水と顔を見合わせた。 了
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