0人が本棚に入れています
本棚に追加
/42ページ
翌日、血河は大部屋の皆がまだ眠る朝早くから鉄砲鍛冶・左右衛門の工房に向かう為に身を起こす。
するとヤタがひょいと飛び上がり、肩へと乗ってきた。
「……まだ眠っていろ」
「烏ってのは早起きなんだよ、気にするな」
そういうわけで血河は周りの者達を起さぬように静かな足取りで部屋を出た。
鉄砲鍛冶の工房が軒を連ねる鉄砲町。まだ朝も早いというのに、あちこちからとんてんかんと高い音が聞こえる。
左右衛門の工房もまた同様で、血河は外から何度か声をかけたが鉄を打つ音に掻き消されてしまった。
仕方なく無断で木戸を開けて中へと入ると、左右衛門はこちらへ背を向けて炉の前で金づちを振るっていた。
「おい、来たぞ」
近寄って声をかけると、左右衛門は驚いた様子で振り返る。
「なんやねん、オノレ。いつからおったんや? 驚かすな」
「今しがた来たところだ。あと何度も声をかけた、気がつかなかったお前が悪い」
「ふんっ、相変わらずムカつくクソジャリや」
「それで、調子はどうだ?」
依然として大きな態度の血河にかちんときた左右衛門であったが、ここはぐっと飲み込んで仕事の話に集中する。
「今作っとるんが二の腕の部分、鉄を筒状にしとる最中や。……クソジャリ、片肌脱いで左腕だせ」
特に反抗することなく血河はすんなりとそれに従う。左右衛門はまじまじと血河の左腕と手元の鉄の筒を見比べ、ぶつぶつのバラスンがどうとかと呟いている。
「左右衛門。お前は今まで鉄砲以外に義手も作ったことがあるのか?」
左右衛門の手際が随分と手慣れているように感じられ、何気なく血河が問いかけると──
「ある。……それにオレは元々鉄砲なんて人殺しの道具は作らんと決めとる」
左右衛門は淡々と、冷たい声で言い放った。
だがこの言葉はおかしい。
「おたく、昨日凪丸の坊主に鉄砲が出来たから買えと言ってなかったかい?」
血河の肩に乗るヤタが囀ずると、左右衛門は目を大きく見開いた。
「か、烏が喋っ──」
左右衛門の驚愕の大声が今まさに響き渡ろうとしていたその時、バンッと木戸が開いて何者かが工房へと入ってくる。
「喜べ、左右衛門。義美が来てやったぞ」
最初のコメントを投稿しよう!