陸・人殺しの道具

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 工房へと押し入ってきた者を、血河はその容貌から女だと認識をしたが低い声に誤解であったと直ぐに悟った。  自らのことを"義美"と名で呼ぶその男は藍色(インディゴ)の長い髪をひとつにゆるくまとめ、肩の前に垂らしている。髪と同じ色の右目には片眼鏡(モノクル)かけており、利発そうな印象を与えた。  抜けるように白い肌に、中性的で美しい顔立ち。体つきは華奢で、年齢(トシ)は血河の見かけ年齢程だ。 「ん? どうした、左右衛門。何を惚けている、この義美に渡すものがあるはずだろう」  喋る烏と突然の訪問者という波状攻撃に完全にフリーズしていた左右衛門であったが、我に返るとぱっと笑顔になる。 「義美! よう来てくれよった、ちょっと待っとってや」  左右衛門は立ち上がると、ばたばたと工房から住居スペースへと駆けて行った。 「ああ、早くしろ。義美はこう見えて気が短い」  そう言ってふんぞり返る義美の姿に血河は袖を直しながらぼそりと呟く。 「……態度のでかいやつだな」 「いや、おまいう案件だろそれ」  ヤタが小声が呟いたその時、義美は血河達の方へと顔を向ける。 「お前、見た顔だ。昨日(さくじつ)の賊退治では助かった、義美は甚く感謝する」 「……いや、大したことではない」  義美の言葉から、彼が綿津見(ワダツミ)水軍の一員だと察せられたが……とてもそんな風には見えない優男だ。 「それと、義美の弟分はお前達の役に立っているか? 今日もそちらへ行くと言っていたから、遠慮せずに存分に使ってやってくれ」  弟分、つまりは凪丸のことだ。彼はどうやら今日もダイダラボッチ調査を手伝ってくれるつもりでいるらしい。  気が利く優秀なガイドだ……そう血河が凪丸を評しようとした時、義美は続けて言った。 「ナギは誰かの役に立つことでしか、自分の生を実感出来ない難儀なヤツだからな」 「……それは、どういう意味だ?」  意味深なそれに血河が少しだけ首を傾げて問いかけると、義美はチッと舌打ちをする。 「ちっ、義美としたことが興奮して口を滑らせた。だがまぁいい……どうせ行きずりのヤツだ、教えてやろう」  そんな前置きをし、男は遠くを見つめる目付きで語り始めた。
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