よみがえる思い出

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よみがえる思い出

「フッ……わかりにくいって」  送られてきた写真付きのメールを見て俺は思わずそう口にして笑った。 『雪が降ってきた』  そのたったひと言と一枚の写真。  写真に写っているのはただの薄いグレーの空。  肉眼では見えているのだろうが、どう目を凝らして見てもこの写真の中に雪らしきものを見つけることはできなかった。 『見えないけどなw』  そう返事を送り返してスマホをポケットにしまった。  毎年、なぜか雪が降った時にだけメールを送ってくる、俺の親友だったあいつ。  西野弘人(ひろと)――  中学生の頃に転校してきた弘人に俺はすぐに声をかけた。  別に大した意味はない。  あの頃の俺は脳みそがお花畑だったし人類みな友だちだと思っていたし、学級委員だったというのもあって馴れ馴れしく声をかけたのだ。 『俺、仲嶋信之(なかじまのぶゆき)、ノブでいいよ。なあ、お前どこから来たの?』 『あっ……えっと……東京』 『東京!? すげえな! やっぱ人多いのか? 行列に並んだことある? 芸能人に会ったことは?』 『えっ……と』  あの時の弘人の困ったような顔を思い出していた。  弘人はもともとおとなしくて人と話すのも得意じゃなかったらしい。  それでもおかまいなしに話しかけてくる俺にビビっていたということを後から聞いた。  そんな内気な弘人は俺になついてくれたのかいつも気がつくと俺の隣にいた。  自分はあまり話さないけどいつもみんなの話を聞いて俺の隣で楽しそうに笑っていた。  気が付くといつの間にか、弘人は俺の話を何でも聞いてくれる俺の大事な親友となっていた。  いつも一緒にいていつも話を聞いてくれる弘人。  好きな子ができたとか彼女ができたとかフラれたとか……今思えばそんな話題ばかりだったな俺、と思わなくもないが。  そして高校になってもそれは続いた。  俺と同じ高校に行くと言ってきかなかった弘人。  あいつならもっと頭のいい高校に行けただろうに、弘人は俺と同じ高校を選んだ。  俺は何と言うか、満更でもないと言うか、それが嬉しかったのかもしれない。  クラスが離れても弘人と一緒にいたし、お互いの家を行き来して勉強したり。  べったりだった俺らは周りから「お前ら付きあってんのかよ」と何度もからかわれた。  俺はそんな冗談も笑ってはねのけることができたが、もしかすると弘人は嫌な想いをしていたのかもしれない。  俺は彼女がいたりいなかったりを繰り返していたけど内気な弘人からそんな話は聞かなかったし、その頃から弘人は俺と少し距離をおくようになってしまった。  そんな時に聞かされたのが弘人の引っ越しだった。  「東京に戻ることになった」と言った弘人の寂しそうな顔。  俺は思わず弘人を抱きしめて「いつか必ず会いに行くから」と約束をしていた。  (会いに……行ってないな……)  そう思っているとまたポケットがふるえ、俺はスマホを取り出した。 『ごめん、これなら見える?』  今度は黒っぽい壁か何かをバックに撮った写真で、雪のようなものがかすかに写っているのがわかった。 『見えるよ。サンキュー。風邪ひくなよ』  今年は何回、東京に雪が降るのだろうか。 「仲嶋さん、仲嶋信之さん、どうぞ」 「はいっ」  弘人に返信を送ったところで名前を呼ばれた俺は緊張しながら立ち上がり、面接室のドアを開けた。 『就職決まった。三月から東京に行く。やっと会えるな』  弘人には一番に伝えたかった。  (五年か……)  俺は地元の大学を選んだ。  弘人のいる東京の大学に行こうかとも考えたが、当時付き合っていた彼女のことも考え地元に残ることにした。  その彼女とはすぐに別れてしまったが、大学では出会いも多く常に彼女はいたしでそれなりに楽しかった。  ただ、なぜか長く続いたことはなかったし、弘人みたいな親友と呼べるほどの友だちもできなかった。  恋に勉強にバイトにと忙しかった俺は弘人と連絡をとるのも忘れていた。  そんな中で来るようになった雪が降った時だけの弘人からの写真付きのメール。  どうして雪が降った時だけしかメールしてこないのか理由も聞きたかったし、もっといろいろと話したいことは山ほどあった。  でもなんとなくメールでやり取りするのが嫌で、かといって電話で話すのも照れくさくて、弘人からの雪の写真にお礼を言う、ただそれだけが毎年続いていたのだ。 『就職おめでとう』 「は? これだけ?」  弘人からの素っ気ないひと言の返信に俺は戸惑っていた。  他にも何か言うことあるだろ?  やっと会えるね、とか楽しみだね、とかないのかよ。  また一緒にいれるね、とか嬉しい、とかさ。  (……ん?)  俺は今自分が思った気持ちにふと疑問を抱いた。  また一緒にいれるとか楽しみだとか嬉しいだとか、これってもしかして俺がひとりでそう思っているだけじゃないのか?  弘人は俺に会えるのが嬉しいとかそんなこと、もしかするとこれっぽっちも思っていないかもしれない。  そもそも俺はこの五年間の弘人のことを何も知らないじゃないか。  今でも弘人のことを親友だと思っているのは俺だけかもしれない。  いや、でも毎年メールは来るし……。  胸の中になんだかもやもやしたモノが溢れてきた俺はいてもたってもいられなくなり、気がつくと弘人に電話をかけていた。 「……ノブ?」  弘人はすぐに電話に出た。 「弘人!? あ、いや、その……久しぶり」 「久しぶり」 「……元気?」 「ああ、ノブは……元気そうだな」 「うん、元気、ハハッ」 「就職おめでとう。いつこっちに来んの?」 「サンキュー。一ヶ月後くらいかな」 「そっか」 「ああ」 「なんか、照れくさいな」 「うん」  俺は緊張しながらも久しぶりに聞く弘人の柔らかい声に少しほっとしていた。 「あ、あのさ」 「何?」 「なんで弘人、雪が降った時にしかメール送ってこなかったの?」 「え……だって、ノブが言ってたから。ノブの家で勉強してる時にさ、しょっちゅうメールしてくる彼女がいて、『マジめんどくせえ』って。その時ちょうどテレビで首都圏で降った雪のニュースやってて」 「俺そんなこと言ってたっけ!?」 「それでノブ、『雪っていいよな』『雪ってめちゃくちゃロマンチックだよな』とか『なんかさ、雪の日だけしか会えないとか、良くない?』『雪が降ると思い出す、みたいな?』とか言ってたから」 「はぁ!?」  弘人にそう言われ、俺は頭の中の記憶を必死に手繰り寄せた。  確かによく俺の家でテレビを見ながら勉強していた。  首都圏の雪のニュース……。  しつこくメールしてくる彼女もいたような……。 「なんか……思い出してきた」 「だからあんまりメールしない方がいいかなって思って」 「それで、雪が降った時だけメールくれたんだ」 「うん。ノブが雪を見たいだろうって思って」 「弘人……」  俺の胸の中が熱くなるのがわかった。  弘人がそんな些細な日常のことをずっと覚えていて、ずっとそれを気にしてくれていたなんて。  俺も忘れてたようなそんなちょっとした言葉を弘人は……。 「……ノブ? どうした?」 「……バカ弘人! 弘人からのメールがめんどくさいわけないだろ! 弘人からだったらいつでも、毎日でも俺は嬉しいよ!」 「えっ、そう、なの? なんか……ごめん」 「いや、て言うか、俺も忙しくて連絡しなかったのは悪かったからさ。ごめん!」 「そんな、謝らなくていいよ。ノブとはまた会えるってずっと信じてたから」 「……それ、あの時の?」 「うん。ずっと信じて待ってた」 「弘人……」 「あ、ごめん、駅に着いたから切るね。また連絡してよ」 「あ、うん、わかった。じゃあ、会えるの楽しみにしてる」 「俺も。じゃあね」 「ああ」  通話を終え、俺は胸の中のざわざわがおさまるまでしばらくただスマホを眺めていた。  早く弘人に会いたいと思った。  早く弘人の顔が見たい。  いつも笑っていたあの弘人の笑顔。  そう思った時、つけていたテレビから関東地方の雪のニュースが俺の耳に飛び込んできた。 「雪……」  東京は今日も雪が降るのか。  雪の日にしか会えないとか、雪が降ったら思い出すとかってなんなんだよ俺。  そんなくさいセリフ、よく言ったもんだよな。  俺は乙女かよって。  (でも弘人はずっとそれを……)  だからって雪の日にしか連絡してこないって弘人のやつ、どんだけ俺のこと好きなんだよ。  (ん? 好き?)  弘人から好きという言葉は一度も聞いたことはないけど、そういうこと、だよな?  好きは大げさだとしても、とにかく嫌われてはなさそうでよかった。  (俺もたいがい弘人のこと好きなんだろうな)  弘人に対する気持ちに改めて気付かされた俺は弘人に会えるのが待ち遠しくてたまらなかった。  そしてついに上京する日がやってきた。  会社指定のマンションだが一人暮らしが始まる。  荷物も送ったし、あとは俺が旅立つだけだ。 「うわっ、寒っ」  実家のドアを開けると俺の頬に冷たい風が吹きつけた。 「気をつけるのよ。あまり羽目を外さないでよね。ちゃんとご飯食べなさいよ。あんたすぐめんどくさいって言うか……」 「わかってるってオフクロ」  見送りに出てきたオフクロを俺は笑顔で制した。 「じゃあな、ほら、寒いから早く中に入って。行ってきます」 「行ってらっしゃい。着いたら連絡してよね」 「ああ」  足早に歩き出した俺は空を見上げた。  風は冷たいけど、空は青く澄んで晴れ渡っている。  さっき調べたが、東京は午後から雪が降るらしかった。  (雪の日の再会って、なんかいいよな) 『家、出た』  弘人にメールを送り、生まれ育った町を目に焼きつけながら歩いた。  雪なんて年に一度、降るか降らないかのこの町。  むこうで弘人と一緒に見る雪が楽しみだ。 『了解。駅で待ってる』 『雪、降るといいな』 『ノブに会えるから、雪降るよ』 『雪の日の再会だな』 『ロマンチックだねw』 「ふはっ」  俺は弘人からのメールを見て笑っていた。  俺ってこんなにロマンチックだったんだな。  新幹線に乗ると、電光掲示板や社内アナウンスでも東京の雪のニュースが流れていた。  その度に弘人との思い出がよみがえってくる。  雪が降ったら思い出す……か。  もう、雪は降らなくても雪というワードだけで弘人を思い出してるな、俺は。  そんなことを思いながら聞こえてくるアナウンスの声が、俺の心に何度も弘人の笑顔を映し出していた。  あと数十分で弘人に会える。  会ったらまず何を話そうか。  お互いの五年間の話をして、それから……。  はやる気持ちで胸がいっぱいになってゆく間にも、社内アナウンスは何度も俺の耳をくすぐっていた。 「東京都心部は午後から雪になる予報です……」             完
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