桜桃

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…と、ここまで書いて、ふと考える。 息子の障害に苦しんでいる期間なんて最大で死ぬまでの4年程度のはず。しかも、直接子どものことが原因で死を選んだわけじゃない、書けなくなったからだ、と本人が書き残しているらしいじゃないか。 ということは、やはり彼はダメンズなのか? だが、どんなダメンズにも、理由があるはず。 もし太宰が、自己肯定感が高く、自分という人間をしりつくし、等身大の自分を愛せる人だったなら。数々の作品は生まれなかっただろう。 彼は、なぜかは知らぬが、自分のサイズを実際よりも大きく見積もり、周囲にも大きく見せねばならなかったのだろう。育ちの中にヒントがあるかもだが、そこはさておき。 地元中学では大変優秀だったのに、進学先の高校にはもっと勇者な人が山ほどいて、自信を失ったのだろうか。芥川の死がショックで勉強に手がつかなくなったのか。高校在学中に既に女に逃げている。だが本当の自分はこんなハズじゃないのだ、と優秀さをアピールするためにも帝大に入りたかった。無試験だから仏文科。オシャレだからフランス語読めないけど仏文科。わかりすぎる。学びたかったわけじゃない。全ては箔付のためだ。 "凄い自分"に見合う作品を生み出さねばならなかったから芥川賞だってめちゃくちゃ欲しかった。なのに、実力が伴わないし、努力もできない。なんと、人間臭いのだ。 頑張ってそれっぽい作品を書くと期待されてくる。期待には応えたい。応えたいが、応えられない。書きたいものがあったわけではなく、芥川に憧れて「文筆家」になりたかった。だから盗作疑惑だのなんだの。全部納得しかない。わかりやすすぎんだよ。虚像と実像の帳尻を合わす精神にもゆとりがなく、薬がやめられない。開き直って無心したら「もう死にたい」になる気持ちもわからなくはない。 逃げても逃げても苦しさは付きまとう。大変生きにくい人生だっただろう。 そんな男をほっとけない女たちがいつも近くにいて、モテてしまったゆえに、逃げ場所がたくさんできてしまった。彼が不細工だったら、逃げ場所もなく、真面目に自己を見つめ直したかもしれない。イケメンは罪だ。 それでも、結婚後は安定していたというのだから、妻との生活では無理せず等身大でいられたのかもしれない。それが、障害児が生まれてきたことにより、せっかく抑え込んできた生きにくさの積み重ねが全部溢れ出してしまったに違いない。とうとう首がまわらなくなり、「書けなくなった」のだろうと感じるのです。 奥さんの「涙の谷」をフォローする心の余裕なんて1ミリもないし、育児や家事で戦力にもなれない。家庭は崩壊寸前。それが、たぶん一番苦しかったんじゃなかろうか。 太宰が妻を愛していたのは本当だろうし、それゆえに役に立たない自分に苦しんだのだろう。 更には、喀血してるような状況じゃ、子どもがいる家にはいたくなかっただろう。 死を選んだのは、むしろ潔かったように思う。 自分はいないほうがいい、という優しさも少しはあっただろうと思うのです。 現代でさえ、障害児が生まれて夫婦間がうまくいかなくなり離婚にいたる家庭が多い。 太宰が逃げるように離婚してよそで幸せに生きているより余程いいように思えてくる。 プライドにしがみつき、心が耐え切れなくなり、あらゆることに逃げ、最後は生きることから逃げた。その数々の逃げ行為から彼をダメンズと言ってしまうのは悲しい、と思ってしまった私も十分ダメ人間だ。 自分をダメ人間だと自覚できるようになったからこそ、太宰の作品が少し読めるようになったのかもしれない。 「プライドがなんだ、そんなもの捨てちまえ!」という、全くの等身大で生きる、太宰とは真逆の、「富士そば美味い!」と公言してはばからない男と一緒に暮らしてるおかげで、私は今生きている。
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