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ひょんなことから、太宰治の息子がダウン症だったことを知り、「桜桃」を読む。
これは、死の直前に書かれたものだ。
青空文庫ってことは、著作権切れてるって解釈し、スクショを貼る。
この部分が、現代の障害児の親と全く同じ感情なんですよ!
まさかこんなとこで太宰に共感するたぁ思ってなかった。
いや、読んだことはあったのだ。
若い頃は、自分ごととして読んでいなかったのだ。
育児大変ナノネ、それで女とお泊まり?心中?みたいな感想。
いざ、自分が障害児の親になったら、解像度が爆上がりしてしまった。
自分も、息子抱えてマンションのベランダから飛んだら楽になるかな、と何度思ったろう。
そして、自分ちと似たような家族が事件をおこして報道されると、共感しつつもやりきれなくなり、踏みとどまる。
明日は我が身。
あとから成長が追いつくよね?!今は少し遅れてるだけだよね??という、縋るような思い。
同じだ。何から何まで。
現代なら、療育に通い、様々な発達支援を受けられるが、当時そんなものはない。
発達支援をうければ治る、というようなものじゃない。支援を受けながら、ゆっくり、ゆっくり、現実を受け入れていく。前向きに、この子にできることを考えていく。
そんな機会が、太宰には無かったはずだ。
少しでもいい、意思疎通できれば、と藁をも掴む思いで知育アプリに課金しまくった日々。
うちの息子が言葉を発したのはiPad様のおかげだ。絵をタッチすると名前を音声で返してくれるアプリのおかげだ。
だが、太宰が生きた時代にそんなものはない。
掴む藁すら、なかったはずだ。
知的な障害は苦しい。
人間を人間たらしめるものは知能だと考えてしまうと、知的障害がある我が子は人間ではない、ということになる。
なんで俺の子が!
プライドが高ければ、尚更そんなこと受け入れ切れないし、苦しいし絶望しただろう。
どんな子でも丸ごと愛せる親ばかりじゃない。
子どものために自分が削られる、と思ってしまう。子どもより親が大事だと思いたい太宰の心境、わかりみが深い。
そんな苦しさを表には出さずに、息子をからかってやる太宰の胸中を思うと、泣けてたまらない。
私には、からかってやる余裕もなく、いつも暗い顔をしていたと思う。太宰の方がよほど偉い。
人手が足りず雁字搦めな八方塞がり感、わかるよ。
そりゃあ、仕事に逃げたくなる。
うちの夫も、仕事に逃げてました。
夫は度々1ヶ月出張とかで家を離れられたが、社畜はやることが決まってる。
太宰は逃げるったって、たいして逃げた気にはなれないだろう。在宅勤務は無理だ。コロナ禍で在宅勤務を強いられ、様々なトラブルが生じた家庭もあっただろう。仕事場と称して他所(女のところ)へ行くも、何かを産み出さなきゃいけないプレッシャーからは逃れられない。
奥さんが人を雇えない気持ちも、わかりすぎる。私も、ファミリーサポートを受けるのが嫌だった。何もかもまわっていなかったが。
夫に、運命共同体でいてほしかった。
太宰の言うように人を使うのが下手、という側面もあったのだろうが、おそらく違う。
人を雇ったところで、自分は障害児からは逃れられないことを、奥さんはわかっているのだろう。誰でもできる部分を人に任せるというのは、自分に大変な部分だけが残り、気持ちが救われない。
保育園の一時預かりの利用登録にいったら、障害児は預かれないが下の子は預かれる、と言われたときの絶望感が蘇る。美味しいとこどりされるくらいなら、全部自分で引き受ける!
と思ったものだ。
そして、どんなにつらくても、どんな子でも、我が子を愛している。その気持ちを、誰かの手を借りない、という形で奥さんは表したかったのだろうと私は思う。
そんな、自分とは思想も向き合い方も違う妻とは、喧嘩にもなりましょう。
飲みにも出たくなりますわ。
でも、罪悪感で、さくらんぼが不味い。
なにをしても逃れられない。
それだけでなく、病気やら中毒やら、プライドやら、色々抱えて生きるのは苦しいね。
それで、いよいよ書けなくなっちゃったんだね。
もっと肩の力を抜けたらよかったよね。
けど、それができない、生きづらい人だった。
簡単にダメンズ扱いできなくなっちゃったな。
けど、妻の立場なら、やり切れないよ。
酒や女に逃げてもいい。かけなくたっていい。
カッコつけて弱さを哲学で煙に巻かないで、最後まで貪欲に生きて欲しかっただろう。
夫と太宰をつい比較しちゃう。
夫は、一番大変な時に仕事に逃げまくって、私が倒れても連絡つかず、更には出張三昧だったけど、今生きてそばにいる。
反省して、早く帰ってくるようになった。
全部水に流して許そう。
https://toyokeizai.net/articles/-/679847?display=b
この記事で桜桃を解説してるのだが、浅いんだよ。
「育児マジ辛い」で片付けないでいただきたいのだ。
子が複数人いたらただでさえ戦争のようなのだ。
それでも、成長が楽しみで可愛いからなんとか耐えられるものも、そこが期待できない育児は、辛いどころの話じゃないはずなのだ。
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