⚪️白いウェストバッグ

1/4
17人が本棚に入れています
本棚に追加
/46ページ

⚪️白いウェストバッグ

 緑の芝が長く伸びた堤防の斜面を登りきると、荒川放水路の見慣れた景色が目の前に広がった。  河岸にはびっしり葦が茂り、手前には多目的グラウンド、対岸にも遠目に同じような河川敷が見える。  朝の風が吹き抜け、葦の葉を揺らす。  白い綿雲が形を変えながら、青空を渡っていく。  ランニングにはうってつけの日だ。  伊崎凪人(いざきなぎと)は深く息を吸ってゆっくり吐き出すと、もう一度川を眺めた。  ランニングを再開することになったきっかけは、2週間前の人間ドックだ。  8年越しの同棲相手の波子(なみこ)に、30歳の節目だと言われ、半ば強制的に行かされた。  彼女のアパートに転がり込んで婚姻届も出さないまま一緒に住み続けた凪人には、とても逆らえなかった。  結果は、血圧が115から199の危険域で、γ‐GTPは400以上、血糖値も350超えで、肝機能も異常だった。  数字が並ぶ左には、当然、要精密検査、と太く赤い字で印刷されていた。 「30歳でこのままじゃあ早死にするよ」  幽霊みたいに青白い骨張った顔の医師は、診察室の古い椅子をキコキコ鳴らしながら、充血した目で再検査結果をじっとにらみ、やおら脅してきた。  波子は、再検査の結果通知に大乗り気で付き添って来て、その言葉を頭から信じこんでしまい、アパートに帰った途端に、禁酒に禁煙、食餌制限と毎朝の運動を申し渡してきた。
/46ページ

最初のコメントを投稿しよう!