プロローグ

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プロローグ

 何度(まばた)きしても、変わらず目の前にそれはあった。  休日、晴れた爽やかな初夏の朝。差し込む陽の光が白いカーテンを通して柔らかく部屋に差し込む。窓越しにセミの声が聞こえる。青い空が見える。今日は雲ひとつない快晴らしい。  だが、平和なワンシーンとは思えない理由が、部屋の中央に鎮座していた。    金庫だ。昔のドラマで見た、古いダイヤル式の金庫。いかにも重そうな深い緑で、ふちが錆びている。一番異様なのは金庫の上に載っているものだった。  女の上半身。それも、ブロンズ像の。  目を閉じた彼女は微動だにしない。長い髪は固まり、毛先は金庫の側面に溶けたようにくっついている。ベールで被うような姿は、神々しさすら感じさせた。  花柄のワンピースは金庫と同じ色をしていて、もう色彩がわからない。赤も黄色もピンクも全て深緑色になっている。服だけではなく髪も顔も、すべて腹のあたりから金庫につながっていて、完全に一体化していた。    何度頬をつねっても光景は変わらない。 「キリコ?」  部屋を見渡し、彼女の名前をつぶやいた。返事はない。  あれだけ感情的にわめいたのに、今は静かすぎる。俺の荒い息づかいがやけに大きく聞こえる。  瞬きの後、女と金庫が別々になって、手品だと種明かしされたらどんなにいいだろうと思って、座り込んだまま、馬鹿みたいに事態が好転するのをただ待った。  しかしいつまで経っても、見える景色は変わらなかった。
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