御門虫介の憂鬱

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映画「さすれば彼は」で映像デビューを果たし、一躍人気となった、俳優の御門虫介。 その実態は、かずくんこと鷹宮和重。わたしの夫である。 「無理すぎ」 お昼を過ぎた頃のこと、洗い物をしているとインターホンが鳴り、応対すると郵送でかずくん宛に送られてきたものの受け取りだった。大きめの封筒をリビングのソファに座る彼に渡すと、彼はすぐにそれを開けて中身を確認していた。中には台本のようなものが入っていて、それをパラパラと読んでると思ったら、そんな言葉をぼそりと呟く。 「どうしたの?」 「またキスシーンある」 「かずくん、かっこいいからね、何歳になっても需要があるんだよ」 「……おひいさん以外にキスしたくないのに」 おひいさんはわたしのことだ。 家族になるんだから、かしこまった呼び方も話し方もしないでほしいと頼んだら、敬語を使うのはやめてくれたものの、わたしを姫苺とは呼べないと言われてしまい、いろいろと妥協してこの呼び方になった。 「かずくんのくせに、なんでそんなに弱気なの?」 「おれだって、たまには弱音くらい吐くよ」 ーーそうなんだ。いつも飄々としていて、強気のくせに。 だが、たしかに考えてみれば、結婚してからの彼は、付き合っているときには見せてこなかった一面をちらつかせてくるときがあった。それがまさに「家族」になったということなのだろうか。 「そういうおひいさんこそ、強がってるだけでしょ」 「わたしもいやじゃないと言えば嘘になるよ。でも演劇の世界で輝くかずくんを見ていたいから、がんばって?」 「それじゃ、お願いがあるんだけど」 そう言って、彼がしてきたお願いは、わたしには相当厳しい内容だった。 本来膝下丈のスカートを2回ほど折って短くし、ブラウスにカーディガンを羽織る。そして、ハイソックスを履いて、「女子高生」の姿を作らされた。 こんなに素足を出すなんて、何年もしていなかったから、最後はいつだったかなんて覚えていない。足が震える。 「ね、ねぇ、本当にこの格好でやらなきゃ……」 「ダメ。おれが演劇の世界で輝く姿を見たいなら、協力してくれないと」 ーーいったい、かずくんは わたしを何歳だと思ってるの。   もう、苺和()を出産して、何年経ったと…… 「ふふ。かわいいよ、おひいさん」 「……かずくんのばか」
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