たまにはこんなファンタジーも

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生徒は身体測定と内科医による診察や尿検査、胸のX線くらいだ。あと心電図も取るかな?でもそれくらいで、あくまでも検査ではなく健診だ。 「そりゃそれなりの歳だからな」 その答えにオレはチャンスだと思って口を開きかけたけれど、安田先生の話はまだ続いていた。 「でもそれだけじゃダメなんだよ」 そう言って安田先生はオレの今日の差し入れのクッキーをかじる。 「ダメなんですか?」 オレは何がダメなのかと聞き返す。 「ダメだね。これは本当に健康を診断するだけで病気は見つけてはくれない。オプションでがん検診もできるけどそんなの1種類か2種類だ」 その安田先生の言葉にオレは驚いた。 え? 先生、オレの心読んだ? 「川嶋にはなんのことか分からないだろ?でもこの歳になると病気が怖いんだよ」 オレがあまりにもあほ面をしていたからだろう。安田先生は苦笑いして言う。 「年に一度の健診だけじゃ病気は見つけられない。もちろん病気なんてならないのが一番いいんだけど、厄介なのは病気なのに気づかずに過ごしてしまうことだ」 安田先生のその話に、珍しく加賀美先生が入ってくる。 「先生は特別に何か検査とかされているんですか?」 「毎年人間ドックを受けてるんですよ」 「毎年ですか?」 「毎年ですね。じゃないとガンとか見逃したら怖いでしょう?」 いつの間にか安田先生と加賀美先生の話になっているのを、オレは黙って見ていた。ここは余計な口を挟まない方がいいと思ったんだ。それにしても安田先生、本当にオレの心を読んだかのような話ぶり。助かるけど。 「加賀美先生も若いから、あんまり響かないでしょう?こんな話。でも若いからこそ、ちゃんとした検診を受けておいた方がいいんですよ」 そうして話してくれた安田先生の話は、オレのと似ていた。 「うちはね、父親を早くに亡くしてるんですよ。まだ若かったのに、ちょっと体調を崩して病院に行ったらガンでね、もう手遅れだって。まあ、それから早かったですよ。亡くなるまで。若かったからね、逆に進行が早かったのかもしれないですね」 その話に、オレの胸が痛む。 先生の死を聞いた時を思い出したのだ。 「だからね、若さって関係ないんですよ、加賀美先生。逆に若いから早く死ぬかもしれない。そうならないように、早くに見つけて治療するんです。この時代、誰がなるかなんて分からない。それこそ自分は大丈夫なんて有り得ませんからね」 そう言ったところで内線で呼ばれた安田先生は、オレに早く帰るように言って職員室へと行ってしまった。もちろんドアは開いたままだ。 加賀美先生だけになってしまった準備室に、いつまでもいられない。そう思うけど身体が震えてくる。 「さあ、川嶋くんも早く・・・」 『帰りなさい』と続くはずだったんだろうけれど、加賀美先生はそこで言葉を切った。 「川嶋くん・・・」 立ち上がるも、アルファなのでそばに来ることはできない。だから先生はそこから動けずオレを見る。 「・・・死なないでください」 安田先生の話に、心が一気に昔に戻る。あの時感じた悲しみに、オレの目からは涙が零れていた。 「加賀美先生は死なないでください」 まだ今の加賀美先生には病気は見つかっていない。だけどオレは、言わずにはいられなかった。 「先生も人間ドック受けてください。そしてもし病気が見つかっても、すぐに治療して治してください」 止まらない涙はぼろぼろと流れて膝を濡らす。 「先生、絶対に死なないでください」 心が混乱している。 頭はこれが回帰した世界だと分かっているのに、心があの時のまま戻れない。 オレはそのまま立ち上がると、まだ震える身体を無理やり動かした。そしてそのまま部屋を出る。 明らかに様子がおかしいオレを、先生はどう思っただろう。だけどオレは、それを確かめることも出来ずトイレに駆け込んだ。こんな姿を誰かに見られたら、加賀美先生と何かあったと思われてしまう。だからオレは、混乱した心が落ち着くまでそこにこもり、それから家に帰った。 今日が金曜日で良かった。 とりあえず明日顔を合わせなくて済む。
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