エリュシオン

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エリュシオン

 死後の楽園、エリュシオン──。  僕はどうにかこの場所へ辿り着き、荘厳な神殿を中心とした豊かな集落で、優しそうな人たちと共に生活している彼女を見つけ出した。  彼女はきっと、忘れているのだ。そうでなければ、あんなにも穏やかな笑顔で、いかにも幸福そうな歌詞の歌なんか口ずさんでいられるわけがない。 (レヴォンさま、テオは必ずご恩に報います)  僕は手始めに、鳴きながら彼女のところへ飛んで行って、やわらかな頬をくちばしで突き、琥珀色の長い髪を咥えて引っ張った。 「なあに、小鳥さん。一緒に遊びたいの?」  やはり彼女は、僕のことを覚えていない。  別にそんなことは構わない。でも、忘れるべきじゃない人がいるだろう?  喚き続ける僕を、彼女は手のひらに乗せて連れ帰り、甘そうな干し葡萄がたっぷり入ったパンを千切って、優しく目の前に差し出した。 「お腹がすいているんでしょう、遠慮なくお食べ」  違う、餌が欲しいわけじゃないんだ!  僕はパンを思い切り蹴飛ばして飛び上がると、室内を旋回し、目についた小麦粉の袋と砂糖の瓶を棚から引きずり落として、掃除の行き届いた床いっぱいにぶちまけてやった。  窓から差し込む陽光が、真っ白な小麦粉の上に散った砂糖の粒を、銀色に煌めかせる。  どうだ、これでも思い出せないか? 「あらまあ、いたずらっ子だこと」  微笑みを崩さず、彼女は箒を取りに行く。  失敗だ、そう思った瞬間。戻ってきた彼女が、白く染まった床を見つめて立ち止まった。  いいぞ、さあ、思い出すんだ! 「……後にしましょう。先に、お掃除よね」  考えるのをやめ、また歌いながら床を掃き始めてしまった彼女を見て、僕は窓から飛び出した。 (嫌だ、僕は嫌だ、あなたがあの人のことを覚えていないなんて、そんなこと……)  高く高く舞い上がり、周りを見渡せば、点在する民家の全ての庭先に、生き生きとした木々が若葉を繁らせている。そして整備された石畳みの道に、咲き乱れているのは、虹のように美しい七色の花々。  ああ、レヴォンさま。ここは聞いていた通りの素晴らしい場所だけど、何もかも、視界が潤んでよく見えません。  それでも僕は、諦めたりしない。  もっと別の方法を、探さなくては──。      *
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