18人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
1
西よりの田舎町とはいえ東京にこれだけ雪が積もるのは珍しい。
バルコニーに目をやると、布団のようなこんもりとした盛り上がりは15センチ近くまで迫っている。
昼前から降り続くそれは、たった数時間でただの寂れた住宅街を幻想的な白銀の世界へと変えていた。
降り積もる雪と同じ色をした空から綿埃のようなものがはらはらと時折舞い落ちる程度になってきたのを確認すると、私は「よしっ」と気合いを入れる。
玄関には既にあれが用意してある。
そう、黄緑色の雪かき用スコップ。
天気予報で「平野部でも積雪があるでしょう」と言われる度準備しているのだが、今までは積もってもうっすらとアスファルトが白くなる程度でずっと出番がなかったのだ。
厚手のダウンを着込みフードをかぶる。パンツの裾をレインブーツに押し込み、そうじ用のゴムてぶくろをはめる。
ふと視線を上げると、顔だけしか出ていないモコモコとした自分の姿が玄関の鏡に映っていて、思わず「ふふっ」と声が漏れる。
玄関ドアがいつもよりも重い。
吹き込む雪が玄関ポーチにも白いものを積もらせているようだ。
外に出てみると、雪の上を抜けてきた風が暖房に慣れた体をきゅうと縮み上がらせる。
思わずふーっと白い息を吐く。
家の前の通りは車輪や行き交う人々の足で踏みつけられて汚れていたけれど、玄関から門扉までの間は真っ白な新雪が残っている。
その上にレインブーツの足をゆっくりと下ろしていくと、ギュッと片栗粉の袋を押した時のような音がする。
ギュッギュッ。ギュッギュッ。
細かい氷でできた片栗粉の上にゴムの足跡をつけていく。
通りの方からザッザッと聞こえてくる音に、私はハッと我にかえる。
白い息を吐きながらマフラーに顔を埋めた女性が通り過ぎていく。
いけない、いけない。つい夢中になってしまった。私は雪遊びをしに出てきたんじゃない。
夫が帰ってくるのは多分夜遅く。
夜道に足を取られないよう雪をかいておかなくちゃ。
私も明日は出勤だし。
黄緑色のスコップをたくさんつけられた足跡の上に突き立てる。
ズザザザザー。
そのままスコップを滑らせていく。
雪って結構重い。
久しぶりで忘れてた。
これは結構重労働だな。
狭い庭先をかいたあとは家の前の通りに向かう。
スコップを踏み固められた雪に突き立てていると向かいの家のドアが開いた。
出てきたのは40代ぐらいの男性。
引越しの挨拶をした時は奥さんしか出てこなかったけれど多分旦那さんだ。
私と同じくたまたま今日は休みだったのか、それとも在宅勤務なのか……。
挨拶程度は交わしたことがある筈だけど、はっきり言って顔は覚えていない。
でもとりあえず私は「こんにちはー」と笑顔を向けてみる。
「こんにちは。雪、凄いですね」
意外と感じの良い笑顔が返ってきた。
「ですねー」
私達は「じゃあ私はこっち側を」とか「ここに雪を集めましょうか」とか言いながら雪かきを進める。
「えらいことになってんなー」
隣の山田さんも外に出てくる。
山田さんは定年退職して大体毎日家にいる。
茶色いダウンを着込みフードの紐をキュッと絞って頭を覆っている山田さんは、何だかタヌキみたい。
あちこちからズザザザザーと雪をかく音が聞こえてくる。
皆がそれぞれ家の前の雪をかく。
留守宅の前は隣近所が協力し合って。
自分のエリアの端までいくとお隣さんがかいたところと合体する。
「いやー大変ですねー」なんて言いながら。
いつの間にかそれぞれのパーツが合体して一本の道が出来上がっていた。
それはまるでジグソーパズルのようで……。
最初のコメントを投稿しよう!