第33話 ピンチ

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第33話 ピンチ

「……ランス、無事だったか」  血に染まったサーベルを握るレーヴェンの足元には、窓から侵入したと思われる遺体が三体横たわっている。彼女の手に握られた武器が、いままさに生命を奪ったことを物語っている。   「この危機を私たちに知らせてくれたのだな、礼を言う」  レーヴェンは返り血にまみれながらも、微笑みを浮かべていた。月明かりが彼女の容貌を照らし出し、その美しさは一層際立って見えた。 「私はつくづく、ランスという名に救われるらしい」  レーヴェンは俺を抱きかかえ、寝間着のまま窓から庭に飛び降りた。 「レーヴェン様!」 「殿下っ!」  飛び降りた先にはメイド長たちの姿があり、俺はレーヴェンの腕から飛び降りる。 「!?」  傷だらけのメイド長やハーネスを目にした彼女の全身からは、怒りが激しい波のように拡がっていく。  メイド長は血に塗れ、火傷の痕跡が左腕などに赤々と残っていた。撃たれたハーネスの太ももからは、凄まじい出血が滴っていた。更には先程の爆発で背中に破片が突き刺さり、意識を喪失した者もいた。  臣下たちの痛ましい姿に、レーヴェンの顔に激しい怒りが浮かび上がる。 「セドリック、貴様ッ!」  レーヴェンたちを取り囲む男たちの中に、セドリック・サンダースの姿があった。顔を背けたセドリックの隣には、褐色の肌の男が佇んでいた。 「悪いが皇女殿下、アンタと話している時間はない」 「誰だ、貴様……」 「俺かい? 皇女殿下に名乗るほどの者ではないさ」  褐色の肌を持つ男が仲間に合図を送ると、男たちは一斉に襲い掛かってくる。  メイド長やハーネスは応戦しようと試みたが、予想をはるかに上回るダメージに対抗することができない。彼らを助けようとするレーヴェンの前には、褐色の男が立ちはだかった。 「ぐぅっ……!?」 「おやおや、戦場の死神とはこの程度か」  さすがのレーヴェンも、この数の敵に立ち向かうのは難しかった。臣下を守りながら戦う姿勢を維持することが難しくなり、褐色の男との激しい交戦の最中、背後から別の男によって痛烈な一撃を受けてしまった。肌が裂け、鮮血が噴き出した。 『(主ッ!)』 「(もう限界だにゃ!)」  ここが潮時か……。  俺は精神融合を解除し、千里眼を発動させた。同時に、二匹の使い魔に指示を出した。 「全力でレーヴェンたちを守れ!」 『(了解にゃ!)』 『(承知しました!)』  ◆ 「ぐわぁっ……」  これまでにも多くの修羅場をくぐり抜けてきた私だが、この状況は極めて困難だ。頼みのロレッタとハーネスは深刻な傷を負っており、メイドたちを守りながらこの窮地を脱するのは容易ではない。  主君として、私は彼らを守るべきだが、褐色の男がその道を阻んでいる。彼は正面からの対決を避け、ヒットアンドアウェイの戦術を用いている。  背後にいるロレッタたちに顔を向ければ男が迫り、男に向き直れば別の者たちが私の背後を狙う。致命傷は免れているものの、確実に体力を消耗させられている。  絶体絶命……というやつか。 「うぅぐッ……」  血を流し過ぎたせいか、視界がぼんやりとかすみ、膝には力が入らなくなった。 「うっ……」  不意に力が抜け、片膝が地面に沈むと、無数の刃が一斉に牙を剥く。  ここまでか、諦めかけた時だった。 「ひぃっ!?」  夜空を舞う一羽の鴉が、男の顔面に鋭い爪を走らせた。 「なっ、なんだこれはっ!?」 「下れっ!」  別の男が鴉に立ち向かおうとすると、 「にゃああああああああああああああああああああああああっ!!」 「――――ッ!?」  猫のランスがとどろく咆哮を上げた。その咆哮には魔力が込められており、私たちの耳に響くと同時に魔笛のような効果をもたらした。この音により、平衡感覚を司る感覚器が異常をきたし、嘔吐する者まで現れた。 「ランス……?」  ただの山猫のランスに、なぜこのような事ができるのか、思案した直後、褐色の男が湾曲刀(シャムシール)を振りかぶり突っ込んできた。 「テレサッ!?」  男の狙いは私ではなく、テレサだった。  姑息な男は、私がテレサを庇うこともすべて計算した上で、彼女に襲いかかったのだ。 「……っ」  私は鉛のようになった体を動かし、テレサに覆いかぶさった。 「……っ」 「レーヴェンさま……」  抱き合う私たちの頭上で、甲高い鉄の音が鳴り響いた。 「へ……?」  一体何が起こっているのかと、音の方に顔を向けると、褐色の男が慌てて後ずさった。 「……!?」  気がつくと、私たちの間に割って入る一人の人物がいた。その者は、星のように輝く髪を風になびかせ、目を見張るほど美しい少年だった。  後ろ姿だけで彼の顔は見えなかったが、その少年の顔は容易に想像ができた。今の彼はあの日のように、勇ましい表情で敵に立ち向かっているのだろう。 「レーヴェンは俺が守る!」  私にとって初めて、頼もしいと思える男がそこには立っていた。
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