母は意地でも娘の服を縫う

1/1
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ

母は意地でも娘の服を縫う

服は、全部、母の手作りだった。 昭和40年代のドレスメーキング雑誌を後生大事に使い続けるあまりに、 「基本は変わらない」 と言うものの、 デザインが時代遅れったらありゃしない。 全く可愛くない。 母の口癖は、 「私は文化式じゃなく難しいドレメ式なのよ」 「最近は文化式ばかりでろくな雑誌がないわ」 自己顕示欲と承認欲求と謎の呪いが詰まった産物が縫い上がる。 難しいやり方で型紙を製図し、仕立てることができる自分を認めてもらいたいのだろう。 スーツを仕立てる腕は確かにあるが、 子ども服と、それを取り巻く小学生事情には全く疎いために、 残念ながら母の服は誰からも羨ましがられず、私は常に貧乏人扱いされて悲しい思いをしてきた。 「服がダサいから貧乏って言われた」 と言うと、 「うちが貧乏なわけないでしょ!」 と、怒鳴られた。   弟は、服を買ってもらえる。 「なんで?」 ある日、聞いてみたら 「だってあの子、いちいちデザインの注文がうるさいから仕方ないじゃない」 そこで、ある時、私は、 「ベルトのスカートが欲しい」 と訴えた。 注文してみたが、買ってもらえない。 母は、やはり作りだした。 だが、どこにもベルトがない。 「ベルト、ない!」と言うと、 母は、 「あるでしょ!ベルト芯、通してあるでしょ!」 たしかに、ウェストにかたい芯が入っていた。 小学生に、そんなことわかるかよ!! 母は、決して私に寄り添わない人なのだと、 このとき観念した。 母は、中学校の制服まで仕立てた。 意気揚々と。 だが、 「制服、どこで買った?」 とみんながわいわい話題にするなか、 「うちは、、お母さんが作った…」 そう言うと、 「さすが、お前んちだな。貧乏で制服すら買えないとかw」 やっぱり貧乏人扱いされ。 「どう?お母さんの作った制服?」 「…制服買うお金がないの?って言われた…」 私も、言わなきゃいいのに、 バカにされて傷ついた気持ちをしまっておくこともできず。 が、言ったところで、 「貧乏なわけないでしょ!!既製品なんてペラッペラじゃない!!こっちは生地にこだわってんだからね!わからない馬鹿には言わせておけばいいのよ!」 どっちにしても報われない。 私の気持ちに寄り添う人なんて、誰もいない。  学校でも、家でも、ひたすら傷つき続け、 ひたすら我慢してやり過ごす。 ただ、心を無にして、 寝て起きて食べて学校行くだけの日々。 なぜ私は生きているのだろう。 私は、自分は誰かの夢の中の人なのだと思って生きていた。 自分が実在している実感がなかった。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!