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北の大地、北海道の牧場。
柴犬さんは、お散歩の時間を迎えてわくわくです。
「わん、わん、わふっ」
黒いつぶらな目は、きらっきら。
くりんっと巻いた尻尾は、興奮を伝えるように荒ぶっています。
「ゆっくり、ゆっくりなぁ」
ご主人は脚が悪いのです。
柴犬さんはハフハフいいながら頭を縦に振りました。
「わふ、わふっ」
わかってるで!
とアピールすると、ご主人はニコニコしています。
(いい子にしてたら、前のご主人も会いに来てくれるかな)
柴犬さんは、牧場に引き取られてまだ三日目です。
前のご主人さまは関西に住んでいるのですが、牧場主のお友達で、柴犬さんを飼えなくなったので、引き取ってもらったのです。
『ごめんな、かんにんえ』
ほろほろと透明な涙を目からあふれさせて謝ってくれたから、芝犬さんは前のご主人を恨んだりしていません。
けれど、「また会いにきてくれたらええのにな〜」とは思っているのです。
風が心地よく吹き抜け、柴犬さんの暖かな茶色をやさし〜く撫でていくのが、気持ちいい!
「わんっ! わんっ!」
お散歩! お散歩! たのしーなー!
ご主人も「今日はお天気がいいね」とお日様を見上げて、目を細めています。
と、そんな一人と一匹がほてほて歩いていると、広々とした道の端から、鳴き声がしたのです。
背の高い緑の草の合間になにかが見えて、柴犬さんはフンフンと鼻をひくつかせて近づきました。
「おお、なんかちっちゃいのがおるぅ」
そこには、可愛らしい子猫さんがいました。
お母さん猫と一緒にまぁるくなっていて、お腹を空かせてミャアミャア鳴いていたのです。お母さんは永遠の眠りについているようで、ご主人は悲しそうに息を吐きました。
「よし、よし。いい子だね」
「みゃあ、みゃあ」
「お母さんも一緒にね、おうちいこうね」
ちょっと鼻の詰まった声で、ご主人は猫さんたちを抱っこしておうちに連れていきました。
お母さんには、お墓をつくり。
子猫さんには、ミルクをあげました。
「くぅん、くぅん」
柴犬さんはお花をくわえて、お墓にお供えしてあげました。前のご主人がお墓にプレゼントをしていたのを思い出したのです。
人間は、亡くなった仲間にも何年も何年もごはんをあげたりして、寂しがり屋で、情が深いのです。
柴犬さんは、そんな優しい人間が大好きです。
さて、助けられた子猫さんは、最初は柴犬さんに怯えていて、小さな身体をプルプル震わせたり、「ふーっ!」と威嚇してきたりしていました。
「わふ、わふっ」
(弱々しい生き物やなぁ。ボク、怖くないで)
柴犬さんはズイズイと鼻を寄せて接近を試みて、「ふしゃー!!」と猫パンチの洗礼を受けたりしました。子猫さんの爪は、ちょっぴり痛ぁい。
「きゃんっ! ……くぅん……」
あいたたた。
でも、ボクは怒ったりせえへん。
柴犬さんは伏せをして、「ボクは無害!」とアピールしました。
前のご主人が言っていたのです。
『ええか、坊。でっかい体で力の大きなお前さんは、ちっちゃい子ぉにはやさし〜く、せなあかん』
『強いオスは、乱暴じゃあかんえ。たくましくて優しいオスが、格好ええんや』
ご主人。ボク、優しくするで。
格好よいオスになるで!
じーっと大人しくしていると、子猫さんはチラチラと柴犬さんのお鼻を見ました。
ボクは動かへん。
ボクは置き物や。
それにしても、子猫さん可愛いなぁ。
お母さんいなくなってしもて、寂しいやろな。
ボクも、寂しいのわかるで。
――そう思ったら、前のご主人に言われたからという理由だけでなく、自分の望みとして、子猫さんに優しくしたい気持ちがどんどん湧いてきます。
「……みゃあ」
やがて、子猫さんは小さく鳴いて、そーっとそーっと近づいて。ぺろっと、可愛らしい舌で、柴犬さんの鼻を舐めました。
自分の爪で傷つけたところを気にして舐めてくれたのだ、と気づいて、柴犬さんは心がぽかぽかしました。
「くぅん、わふん……っ」
「しゃーっ!!」
ありがとう、と鳴き声をこぼすと、子猫さんはピャッと後ろに跳んで、とっても怯えた様子で威嚇してきます。
なんでよ、今の怖かったんか。
「仲良くなれたらいいね」
新しいご主人はほんわかと言いました。
* * *
数日間をのーんびりと暮らして、子猫さんからの「しゃー!!」が減ってきたころ。
新しいご主人が柴犬さんに言いました。
「あのなぁ〜、子猫さん、お外に出てしまって帰ってこなくてなぁ。においとかで、探せるかぁ?」
なんと子猫さん、ご主人が窓を開けていたら、隙間からピャッと逃げてしまったのだそうです。
「わふ!」
わかったぁ!
フンフンと臭いをかぐと、いろんな匂いがします。
泥のにおい、飼い葉の匂い、人間が落としたタバコの吸い殻のにおい、お花のにおい、……子猫さんのにおい!
「わんっ!!」
見つけたで〜〜!
ドヤ顔で道案内して、たどり着いたのは放牧中の牛さんたちの群れの中。
もーう、もーう、と鳴く大きな牛さんたちの鼻先でつつかれて、プルプル震える子猫さんを見て、芝犬さんはわふわふ鳴きました。
お迎えにきたよ、と。
すると、子猫さんはピャーッと走って、芝犬さんの体に身を隠すようにしたのです。
「わふ、わふ!」
子猫さん、怖くないで。
「みゃーぅ……」
子猫さんの幼い瞳が、明るい陽射しの中でキラキラして、とても綺麗です。
「よしゃ、つかまえた。帰ろうな」
新しいご主人が優しく子猫さんを抱っこして、芝犬さんを褒めてくれます。
「いい子、いい子」
ご主人は子猫さんを抱えつつ、器用にわっしゃわっしゃと柴犬さんを撫でてくれるので、芝犬さんは嬉しくなって尻尾をピコピコさせました。
「――わんっ!」
撫でてもらうの、大好き!
もっと褒めて! もっと撫でて〜っ!
「ははっ、よーしよし!」
ひとりと二匹は、ゆっくりゆっくりおうちに向かいます。
太陽が優しく輝いて、空は青々として澄み渡り。
たくさんの生き物が過ごす世界の片隅で、家族のおうちがあるのです。
「わぅ、わぅ〜」
子猫さん、一緒に新しいおうち、帰ろうな。
芝犬さんはハフハフしながら子猫さんを見ました。
「……ぅ〜にゃ」
子猫さんのお返事の声は、とても可愛い!
芝犬さんは、ほっこりしました。
ボクたち、家族になるんやで。
新しいおうち、あったかで、のんびりで、ええとこやで。
怖いこと、なーんもあらへん。
ボクが守ってあげる。
その日から、芝犬さんと子猫さんは一緒にお散歩したり、ひっついてスヤスヤと眠るようになりました。
二匹は、優しいご主人のおうちで仲良し家族になったのです。
――めでたし、めでたし!
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