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23話 戦乙女の秘密①
湯浴みを済ませたネフィルが居館の外に出ると、グラムとシグルズが待っていた。
グラムの横には、一回り小さな栗毛色の馬がいる。
「馬には乗れるよな?」
「ああ」
「比較的穏やかな馬だ。遠出をするわけではないが、森を散策するには馬がいたほうが便利だ。近くに景色の美しい湖がある。まずはそこに行こう」
シグルズとネフィリムが手綱を握ると、二匹の馬は軽快な足取りで走り出した。
ヴェルスングの森では、サクラやモミジ、ブナの葉など季節によって彩どりを変える個性的な木々がそこここに見られる。
葉が薄く平たい形状のものが多いため森全体にも日の光が入りやすく、風で葉がそよぐたびに陽光の差す向きが変わるのも風情があった。
「このあたりは狩りをするのにも最適でな。うちの騎士見習いの者はここで弓やクロスボウの訓練をする。仕留めた得物は食卓に上がるわけだ」
シグルズによると、帝国から騎士として認められている家柄の者は14歳になると皇宮にのぼり、18歳まで剣技や馬術のほか、マナーや舞踊などの教養一般を身に着けることになる。
帝国の騎士として正式に認められるのは士爵(男爵)の家柄の男子のみ。それ以外は士爵の家で騎士として育てられる平民もしくは廃された士爵家・男爵家の者だという。
ネフィリムが最初に会ったヴェルスング家の騎士であるヴィテゲがそれに当たる。
彼らは帝国軍には属さないが、ヴェルスング家に忠誠を誓う騎士であるため、主君であるシグルズが戦争に赴くときやヴェルスング家が別の貴族家と戦うときに従軍する。
「皇宮での暮らしはどうだったんだ?」
「訓練を抜け出して街へ遊びに行ったりしていたよ。しょっちゅう世話係に殴られた」
どうやらヴェルスング家でのやんちゃぶりは帝都でも継続したようだ。
二匹の馬の軽快な馬蹄の音が10分ほど続いたころ、シグルズが「あれだ」とネフィリムに声をかけた。
「ほら、見えてきた。湖だ」
森の木々の隙間から青く輝く水面が見えた。大きくはないが、水が綺麗なせいか底まで見通すことができる。魚が跳ねるたびに太陽の光を受けて水しぶきが輝いた。
シグルズとネフィリムは馬から降り、湖まで近づくと馬に水を飲ませてやった。
近くの木に手綱を引っ掛けると「少し歩こう」とシグルズが提案してきた。
2人が歩けば木の葉を踏みしだく音が森に響く。
鳥の声と、湖を泳ぐ魚を取ろうとする水鳥の羽ばたき。
風が吹けば葉の擦れる音。
静寂を破ったのは、ネフィリムだ。
「……いい森だ」
「ああ」
帝国とニーベルンゲンはここで殺し合いをした。
二年戦争最後の戦い。
シグルズはバオムや同じ隊の同胞を失った。ニーベルンゲン兵も多く亡くなった。
普段は実りを多く提供してくれるこの豊かな森を、多くの遺体で埋め尽くしたのだ。
「帝国の人間にこんなことを聞くのはおかしいのかもしれないが」
「なんだ?」
「……ニーベルンゲンはどうなったのだろうか」
シグルズはすぐには答えなかった。
いくらなんでも敵国の人間であるネフィリムに、外交に絡む話題や政治情勢を教えることは許されていないかもしれない。
それとも……。
「よく分からない、というのが正直なところだ」
いつのまにか最悪の答えを予想していたネフィリムの肩からわずかに力が抜ける。
「反乱勢力が国を制圧した、という情報は聞こえてこない。おそらくまだ内乱状態が続いていると見るのが正しい」
「そうか」
シグルズの見立てに違いはないだろう。どちらかが相手を打ち負かしたとなれば、喧伝のために国内外に広め伝えるに違いない。
「帝国の諜報をもってしても情報が入ってこないということは、ニーベルンゲン国内が相当混乱していることを意味する。……あまり正確な情報がなくて申し訳ないが」
「いや……感謝する」
本来は帝国人でもないネフィリムに国外情勢を教えるのは認められていないはずだ。
シグルズ個人の判断なのかもしれないが、ネフィリムはかなりの配慮を受けていると感じていた。
「代わりに教えてくれないか、ネフィル?」
「なんだ」
「ニーベルンゲンに帰りたいか」
それはテルラムントの城から救出されたばかりのときにも聞かれた質問だった。「君は故郷に帰りたくはないのか」と。
そのときは追い詰められていて答えられなかったが、今ならはっきり分かる。
「それは……そうだ。帰りたい」
ニーベルンゲンは自分の故郷だ。
守るべき国であり、家族とともに暮らした家がある。
シグルズは振り返ってネフィリムを見つめた。
険しい顔をしている。まるでネフィリムの真意を疑っているような。
「シグルズ?」
「君は俺とこの森で会ったときに言っていたな。『殺してくれればよかったのに』と。――今もそう思っているのか」
ネフィリムは何も答えなかった。
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