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「荒川さん、お久しぶりです」
墓地を出ようとするとき、また顔馴染みに会う。
「刑事さん、また来たんですか?」
婦人は日傘の柄を短く持って目に影を覆う。
「そりゃあ何度でも。それに元刑事ですから。ただの個人の興味ですよ」
刑事の頭髪は白く染まって、への形の口元からは意思の強さを感じられる。
「何度来ても同じ話しか聞けませんよ?」
「そんなことはないです。同じ話でも一言一句同じことはない。ただ僕は僕が理解できるまで同じ話を聞きたいだけです。そのために旦那さんの月命日に会いに来てるんですから」
「飽きませんねぇ。もう二十年は通ってるじゃないですか?」
「ええ。二十年同じ話を聞いても僕には理解できない。本当は旦那さんのDVが動機なんじゃないかと、そっちのほうが理解ができる」
「じゃあ、いつもの喫茶店に行きましょうか? それも込みでしょうから」
「ええ。そのつもりです」
婦人と元刑事は、墓地の近くの喫茶店に足を運ぶ。看板は煤けて、マスターもすでに八十を越した老人。あと何度通えるか分からないが、この寂れた喫茶店は婦人にも元刑事にも都合が良かった。ここでする話は人の耳に入れるような話ではないからだ。
お互いにカウンターに並んで座りコーヒーを頼む。マスターははいとだけ答えて震える手でコーヒーを淹れだす。
「旦那さんの家族は墓参りのことを何も言わないのですか?」
「ずっと前に諦めているわ。だって私は主人を今でも愛していますもの」
「不思議ですねぇ」
「不思議ねぇ」
「でも旦那さんによる虐待の傷は今でも痛むんじゃないですか? あなたの身体に無数に刻まれた古傷痛むんじゃないですか?」
「いいのよ。主人がいた証だもの。私が生きている証です」
「そんなに旦那さんが好きですか?」
「ええ。好きよ」
「あなたが殺したのに?」
「ええ。私が殺したけど大好きよ」
「解せません」
「それでいいのよ」
「なぜ、そんなに好きな旦那さんを包丁で滅多刺しにしたのですか? 二百回以上刺して、旦那さんの遺体は原型すら留めていなかった」
「そりゃあ私と別れて他の女と再婚するとか言われたらミンチにだってするでしょう?」
「あなたは罪を認めた。正当防衛と言える扱いを受けていたのに? 切り傷の他に監禁や絶食、売春までやらされて、旦那さんの友人にもナイフを突き立てられていたのに、それでも旦那さんが好きだと言うのですか?」
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