#知らない場所

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「あ、鹿野。松原も目を覚ましたか」 二人が動いた気配に、藤田が目を上げる。 藤田が目を覚ましてからは、随分と時間が経ったような気がする。 「……藤田先生?」 「先生と言うのはやめてくれない?」 ゆっくり体を起こした鹿野と松原を見て、ちょうど部屋にいたロトが立ち上がった。 「え、誰」 「怖がらないで、ちょっと身体の調子を見るだけだから」 警戒する鹿野を見てロトは微笑むが、どうやら鹿野にはロトの言葉が分からないらしい。 松原も分からないらしく、藤田の顔を見てきた。 助けを求めている。 「ロト、言葉が分からないみたい」 「あれ? フジにかけたときに二人にもかかったと思ったんだけどな……言語通訳」 言葉が分かってから聞くと、まるでそのままの呪文だ。 「どう? 言葉、分かる?」 「え? あ、はい」 戸惑いながらも頷く松原。 鹿野も警戒はしているが、頷いた。 「藤田さん、これは」 「安心して、助けてくれた人だから」 藤田がそう言うと、少し怯えながらも警戒を解いた鹿野。 「大丈夫? ちょっと手出してくれる?」 松原の方が話が通じると思ったのか、ロトは松原に向き直る。 「手?」 不思議そうにしながら、松原が左手を差し出す。 その手にロトは右手を重ねて、目を閉じた。 ぱあっと松原の身体が光る。 ロトは眉根を寄せてしばらくそのままにしていたが、少し経つと目を開けた。 松原の身体の光も消えていく。 その様子を、目を丸くして見ている鹿野。 「元々、左足痛めてるの?」 「左足? あぁ、確かに痛めてたけど」 「治しておいたから」 「え?」 目を見開いた松原。 ベッドの上で足を動かしてみたらしく、呆然としている。 「本当だ、痛くない……」 今度は鹿野に向かったロト。 「えっと、シカ……なんだっけ」 名前を呼ぼうとするが、名前を覚えられないらしい。 「鹿野です」 首を傾げているロトを見て、鹿野の方から名乗った。 「シカノさんね。マツ、と同じようにするだけ。痛くないから、手出してくれる?」 本当? と疑うように松原を見た鹿野。 「痛くないよ。ちょっとあったかいな、くらい」 それを聞いて、鹿野はおそるおそる左手を差し出した。 ロトはその上に手を重ねて、目を閉じる。 ぱあっと鹿野の身体が光る。 「わ、すごい」 思わずこぼれたロトの声に、藤田も松原も首を傾げた。 すぐに鹿野の身体の光が消えて、ロトが目を開けた。 「体調は大丈夫そうだけど、あちこち弱ってる。大丈夫?」 そう言いながら、近くにある棚の引き出しを開けるロト。 「弱ってるって、どういうことですか?」 鹿野が眉をひそめる。 「身体の気の流れが不安定なの。マツ、は左足のところ以外はちゃんと流れてたけど、シカノさんはすぐ止まっちゃって」 ロトは引き出しの中をなにやら探していたが、ないなあ? と首を傾げている。 説明をしてほしそうに二人が藤田のことを見ていたが、藤田もよく分かっていない。 肩をすくめて、首を横に振った。 今度はロトは部屋のドアを開ける。 「ユキー、杖持ってきてくれない? 机の上にあるから」 ワン! と吠える声と、たたっと獣が走る音が聞こえる。 「犬?」 「杖?」 鹿野と松原は不思議そうにしているが、藤田も何も理解できていない。 そのうち、木の棒をくわえた茶色の犬が部屋の前に現れた。 ロトがしゃがみ、木の棒を受け取って頭を撫でる。 「ありがとう、ユキ。スクが帰ってきたらご飯にしようね」 またワン! と吠えて、犬はたたっと駆けていく。 「ロト、今のがユキ?」 「うん」 「白くないんだね」 「そうだね。でもあの子はユキだよ」 へえ、と藤田は首を傾げる。 不思議な名前をつけるものだ。 ロトが立ち上がって木の棒を一度振ると、木の棒が少し伸びて形が変わった。 杖、という言葉がぴったりだ。 「シカノさん。ちょっとごめんね」 ロトは鹿野に近寄り、なにか言っている。 どうやらこれは翻訳されないらしい。 杖から鹿野に向かって白い光が放たれた。 鹿野は目を丸くしている。 「どう、かな。ちょっと見せて」 今度は勝手に鹿野の手を取り、ロトが目を閉じる。 「お、気の流れが安定した。どう?」 「身体が、軽い」 鹿野の言葉に、満面の笑みを浮かべたロト。 「うまくいったみたい。よかったあ」 ドサ、とそのまま鹿野がいるベッドに座る。 「あ、忘れてた。僕、ロトっていいます。あなたはマツ……マツバ……」 「松原です」 「マツバラさん。で、シカノさん。合ってる?」 頷いた二人。 「あの、長いからマツとシカでいい? 僕、覚えられないから」 あはは、と頭を掻いたロト。 鹿野と松原は顔を見合わせていたが、同時に頷いた。 「本当? よかった、僕のことはロトって呼んでね」 ふふ、とロトは微笑んだ。
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