雪を踏む音

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   *  私が生まれ育った村は、電車も通らず、バスも朝と夜の二回しか来ないような、東北の山奥にあった。  冬になれば、当然雪が降る。なかなか雪深いところで、時には一晩に一メートルを超えるような積雪に見舞われる事もあった。  生活の一部に雪があって、それが当たり前の村だった。  そんな環境だったから、村で過ごした日々を思い出そうとすればその多くに雪がついてまわるのだが、一つだけ、今思い出しても奇妙な風習が存在した。  集落を見下ろす丘の上に、小さな祠があった。岩壁をくりぬいた穴に鉄格子が嵌めてあって、その前に神様を祀るような小さな祭壇が拵えられていた。村の人達はそれを鎮守様、と呼んでいた。  村祭りや祭礼を執り行う神社は別にあったから、一般的に言われる鎮守様とは違うものだったのだと思う。特に行事や催し物があるわけでもなく、決まってちょうど今頃、旧正月となる一月の末から二月の上旬頃になると、年に一度の供物を届けに行くしきたりだけがあった。  お供え物は、大人の拳ほどもある大きな饅頭を十個。それを三宝に山積みにして置いてくる。神主さんやお坊さんを呼ぶ事もない。たったそれだけの行事。  しかもそれは先祖代々私の家の、正確に言えば、私の家に生まれた女性だけに許された仕事とされていた。母は嫁に来た立場だったから、元々は祖母の、私が生まれてからは私の仕事になった。  その日が来ると、私は村はずれの鎮守様にお饅頭をお届けする。ちゃんと階段は設けられているものの、当たり前のように雪もある。小さな子どもだけで登るにはあまりにも困難だった。私も最初は祖母と一緒に、祖母が引退してからは母と一緒に登るようになった。  饅頭が山積みの三宝を抱えていると、足元なんてほとんど見えない。絶対に饅頭をひっくり返したり、落としたりしてはいけないと祖母からはきつく言い付けられていたから、一歩一歩、慎重に石段を登る。その度にギュッ……ギュッ……と長靴の下で雪が鳴る。一瞬たりとも気が抜けない仕事だったが、私の頭の中は目の前の饅頭にばかり占められていた。白くてふわふわの、艶やかな光沢のある美味しそうな饅頭。  あの饅頭が何なのか、中に何が入っているのか、食べたらどんな味がするのか、誰一人として教えてくれる人はいなかった。一度だけ祖母に聞いてみた事があったが、 「あれは鎮守様の食べ物なんだから、気にしなくていい」  とけんもほろろにあしらわれてしまった。  以来、饅頭について触れたら怒られるような気がして、誰にも聞けない日々が続いていた。
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