ハリネズミ食べていい?

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「ハリネズミ食べていい?」 「……だめ」  男女がふたり向き合って、何やらトンチンカンなやり取りをしている。ハリネズミを食べていいかと尋ねたのは女の方だ。頬がこけ、目が垂れ下がっているので、黒いトンガリ帽を被れば魔女に見える。  というか、そもそも。  ハリネズミを食べていいかと聞く時点で、本当に魔女かもしれない。   「コージだよ。ほら、最近飼い始めたって話したろ?」  男は右手にぶら下がっていたキャリーを女の顔の近くまで持っていく。そのキャリーの中でモソモソと動くトゲトゲ毬栗(いがぐり)こそ俺。何を隠そう、俺は先ほどから話題に上がっているハリネズミである。男は俺のことをいつも「コージ」と呼び、色々と世話をしてくれている。いわゆる飼い主ってやつだ。今日は健診目的で動物病院を受診したのだが、いつもみたいに家にまっすぐ帰らず、どこに行くかと思えば、この女が住んでいるマンションに連れて来られたというわけだ。 「うーん……そんな話したっけ?」  女は弱々しくこちらを見つめる。なんとなく気まずくなり、俺は90度回転して女に尻を向けた。 「ちょっとごめん」  そのとき男の声がして、キャリー全体が揺れる。また90度回転して外を確認すると、男が女の家に上がり込んだらしい。  女の部屋はやたらと物が多い気がした。ソファーにはしわくちゃになった服がこんもりと積まれているし、床とテーブルには紙やらコンビニの袋やらが散乱している。鳥類なら枝を集めて巣作りするとよく聞くが、この女もそれだろうか。もっとも、自分の家がすでにあるのに室内で巣作りなんて変な話だが。  そうこうしているうちに、自分の足場が安定する。キャリーが置かれたらしい。しばらくすると女が部屋に入ってきて、ドシンと床に座った。その直後、カタカタという音が連続して聞こえてくる。パソコンだ。男もよく家でいじっている。男の場合、休日にぼんやりと画面を眺めていることが多いが、いままさにパソコンに向かい合っているその女はどことなく忙しなくて、何かに追い詰められているような体の強張りも感じる。
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