本は好きですか?

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本は好きですか?

 ――気になる人がいる。  午後7時、門川文子(かどかわふみこ)はチラチラと出入り口に視線を向けていた。いつも彼がこの時刻にやってくるのだ。名前はわからない。ただ、毎日やって来て書店内を見て帰る。本を買うのは週に一度程度だ。  一度、声をかけられた。 「門川さん、本は好きですか?」  不思議なことに、彼はネームプレートを見ずに訊いてきた。 「好きなので、書店で働いています」 「そうですよね。どんな本が好きですか?」 「ミステリーです。お客さんも好きなのですよね。毎日いらしていますから」 「本が、……どうだろう?」  彼が恥ずかしそうに微笑んだ。  別の客に声をかけられて、話はそこで終わった。  自動扉が開く。グレーのスーツ姿のビジネスマン。……来た。彼だ!……胸がときめく。  気になることがあった。彼の表情が硬い。  彼は新刊書のコーナーで立ち止まり、一瞬、レジの文子に目を向けた。それから表情を強ばらせて文庫本のコーナーに向かった。  ほどなく彼が目の前に立ち、文庫本をレジカウンターに置いた。 「これをください」  その声は機械音のようだった。 「ありがとうございます」  文子の声は震えていた。 「禁じられたソナタ、上下巻、三毛猫ホームズの推理、崖っぷちの花嫁、スパイ失業の5冊ですね?」  全て赤川次郎の本だった。彼が赤川次郎作品を買うのは初めてで驚いた。心境の変化でもあったのだろうか? 「違います」 「え?」  間違えるはずがない。  驚く文子の手から本を取り、順番を変えて背表紙を文子に向けた。禁じられたソナタ上巻、三毛猫ホームズの推理、崖っぷちの花嫁、スパイ失業、禁じられたソナタ下巻の順だ。 「門川さんなら、わかるはずだよ」  彼の目は真剣だった。  文子は彼が並べ直した背表紙の文字を目に、真剣に考えた。 「アッ!」  ギュッと胸が詰まり、顔が熱くなる。  タイトルの最初の1文字を取って読むと――キミガスキ―― 「私もです」  微笑が交わった。
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