5人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
本は好きですか?
――気になる人がいる。
午後7時、門川文子はチラチラと出入り口に視線を向けていた。いつも彼がこの時刻にやってくるのだ。名前はわからない。ただ、毎日やって来て書店内を見て帰る。本を買うのは週に一度程度だ。
一度、声をかけられた。
「門川さん、本は好きですか?」
不思議なことに、彼はネームプレートを見ずに訊いてきた。
「好きなので、書店で働いています」
「そうですよね。どんな本が好きですか?」
「ミステリーです。お客さんも好きなのですよね。毎日いらしていますから」
「本が、……どうだろう?」
彼が恥ずかしそうに微笑んだ。
別の客に声をかけられて、話はそこで終わった。
自動扉が開く。グレーのスーツ姿のビジネスマン。……来た。彼だ!……胸がときめく。
気になることがあった。彼の表情が硬い。
彼は新刊書のコーナーで立ち止まり、一瞬、レジの文子に目を向けた。それから表情を強ばらせて文庫本のコーナーに向かった。
ほどなく彼が目の前に立ち、文庫本をレジカウンターに置いた。
「これをください」
その声は機械音のようだった。
「ありがとうございます」
文子の声は震えていた。
「禁じられたソナタ、上下巻、三毛猫ホームズの推理、崖っぷちの花嫁、スパイ失業の5冊ですね?」
全て赤川次郎の本だった。彼が赤川次郎作品を買うのは初めてで驚いた。心境の変化でもあったのだろうか?
「違います」
「え?」
間違えるはずがない。
驚く文子の手から本を取り、順番を変えて背表紙を文子に向けた。禁じられたソナタ上巻、三毛猫ホームズの推理、崖っぷちの花嫁、スパイ失業、禁じられたソナタ下巻の順だ。
「門川さんなら、わかるはずだよ」
彼の目は真剣だった。
文子は彼が並べ直した背表紙の文字を目に、真剣に考えた。
「アッ!」
ギュッと胸が詰まり、顔が熱くなる。
タイトルの最初の1文字を取って読むと――キミガスキ――
「私もです」
微笑が交わった。
最初のコメントを投稿しよう!