ツレ

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ツレ

喧嘩した。 喧嘩…ってゆーか、殆ど一方的に怒鳴っただけ。 喚きながら暴言に近い言葉を吐いて。 感情のままに壁を力一杯殴った。 理由はイマイチ思い出せない。 ………何だっけ? 目にたっぷりの涙を浮かべ、唇を噛んでいる嫁。 悔しさを滲ませて。 同時に悲しさも同じくらい滲ませて。 いつもは言い返さないで泣くだけの嫁が、今回は珍しく反発してきた。 それにまたイラついて。 つい、言ってしまった。 「俺と居るの嫌なら、出てっていいよ」 あぁ、そうだ…… 今日は仕事でちょっと嫌な事があった。 それで、たまたま虫の居所が悪かっただけ。 だから嫁の何気ない言動が鼻についた。 いつもなら気にならないソレが、無性に頭に来て、腹も立って。 自分を抑える事が出来なかった。 ……八つ当たり? そんなの、ちゃんと分かってる。 『もしもし、あのさ…』 会社を出てすぐの頃にかかってきた電話。 『チビ達が保育園の園庭で遊んでて中々帰れないの。帰ろうって言ってもヤダしか言わないし……』 受話器越しから聞こえる、切なそうな声。 『毎度の事ながら嫌になっちゃう……ねぇ、どうしたらいい?このままじゃ、夕飯の支度も出来ないし…』 ……それくらい、自分でどうにかしたら? 母親なんだから。 家に帰れば、部屋の中は、オモチャやペン、落書き帳の切れ端が散乱していて。 畳んでいない洗濯物の山。 恐らく帰って来た時に取り敢えず置いたんだろうなって感じで、脇に固められている荷物類。 まだ出来ていない夕飯。 忙しなくバタバタ動き回る嫁が発した言葉。 「…はぁ……もう、疲れた」 鬱憤を抑え込んでいたダムが派手に壊れた。 「疲れたじゃねーだろ」 「何なんだ一体」 「お前は文句しか言えねーのか」 「大体な、子供達が言う事聞かねーのは、舐められてっからだろ」 「何が、どうしたらいい?だ。母親ならそれくらい自分で解決しろや」 「自分で考えろ、頭使えや」 「つーかな、疲れてんのはお前だけじゃねーよ」 もう、止まらなかった。 散々。 これでもかってくらい、嫁を罵倒した。 俺の大声に驚いて泣き出した子供達。 それすら、煩わしくて ―――ダァンッ!! 力任せに壁を殴った。 「…あ、あたしばっか、大変じゃん」 涙を目一杯溜めて喚く嫁。 「いいよね、男の人は。仕事行ってればいいだけで」 「共働きだから、協力してくれるって言ってたのに、結局何にもしてくれないじゃん」 ボタボタと床に垂れる水滴。 元からのつり目を更につり上げて 「家の事、子供の事、全部あたしじゃん」 怒りが頂点に達しちゃって、言うつもりなんかなかったのに、思わず言ってしまった。 出てっていいよって。 ズビズビ鼻を啜って、ガスコンロの火を消した。 そして、そのまま2階にかけ上がって行った嫁。 中途半端な夕飯の支度と、泣きじゃくる子供達が残った。 それから 「飯、どーすんだ」 飯の事しか考えていない親父も。 2階に行くと部屋は真っ暗で、嫁が布団に入っていた。 話し掛けるのが億劫で、そのままそっとしておいた。 嫁の代わりに飯の用意して、食べさせて、片付けて。 子供の学校の宿題見てやって。 小学校、保育園、其々の支度を見てやって。 歯磨きさせて、風呂入れて。 上がったらすぐに服を着せてやって。 気付けば、テレビを見る間もなく9時を過ぎてた。 スヤスヤ寝息を立てる子供達を眺めながら、自分も眠くなって…… あぁ、自分の時間なんて、ありゃしない。 そう、思った。 これを嫁は毎日してたんだ。 仕事もしながら、行事とかもこなしながら。 …大変、だったんだな。 寝て起きて。 嫁の目は、泣き腫らして真っ赤だった。 瞼が重そうだった。 口も利かず、ただ黙々と弁当と朝食を作る嫁の背中は、やけに小さく見えた。 「行ってきます」 毎日欠かさず言っていたのに。 何故か、今日は言えなかった。
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