第13話 魔石泥棒

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 とにもかくにも、魔石を盗んだ男を探すことになった。あのレベルの魔石は、新しく入手しようとしても難しいわ。そこまでの資金もない。  ルシオンは宿に置いて来ようかとも思ったけれど、本人が失態を取り戻すと息巻いていて、ついてきちゃったわ。魔石を盗まれた意味を分かっていないのかと、カリオの説教第二弾が始まりそうになったけど、時間が惜しいからやめさせた。  私たちの誰かが傍にいれば、誤魔化すという意味では問題ないはずよ。魔石の魔力そのもので誤魔化すわけじゃないのだもの。  まずは、ルシオンが魔石を盗まれた場所に戻る。ほかに探す当てもないからね。  赤ん坊が壊した家の壁はすっかり治っていて、ここで魔力の暴走があったなんてもう分からないわ。 「確か、あの泥棒はあっちに走って行ったわよね」  外に出たから、素の口調にしているわ。呼び方もお嬢様。カリオは相変わらずむずがゆそうな顔をしているけれど、クシェはもう慣れたみたい。そもそも、私と出会って間もないし。 「お嬢様、どうしますか?」  あと、なんだかクシェから向けられる視線が柔らかくなってるのよね。何故かしら。 「そうね、行ってみましょう。カリオ、周囲の警戒をよろしくね」 「はい、ひ……、お嬢様」  返事につっかえるカリオなんて、珍しくて少し面白いわ。 「カリオ様、いつもの覇気がありませんよ? ほら、普段みたいに偉そうにしてみてください」 「そうだな、クシェ殿には容赦する必要はなさそうだから、今以上に厳しくしようか」 「そういうこと言います!?」  そして、ここぞとばかりにちょっかいをかけるクシェ。騎士様、という呼び方も怪しまれそうだから、改めることになったのよね。それにしても、この二人は仲が悪いわねえ。  私もちょっとからかいたくなったけれど、今は泥棒探しを優先させなきゃね。 「はいはい、喧嘩しないで。それにしても、あの時追いかけられなかったのが痛いわね」 「申し訳ありません、もう少し気づくのが早ければ……」 「カリオは悪くないわ」  悪いのは泥棒だし、こっちに落ち度があるとしても、それは油断していたルシオンでしょう。  そのルシオンは、必要以上に気を張って辺りを伺っている。やる気があるのはいいけれど、目立つ真似は控えてほしいわ。 「こっちには何があるんでしょう」 「さあ……。まだ街の中も把握しきれていないし、予想できないわね」  男の向かった方角に歩いて行けば、だんだんと様子が変わってきた。  美しく整った街並みは同じだけれど、人があまり出歩いていない。どうやら住宅街の方に来たみたい。ちらほらと遊んでいる子供がいるけれど、大人の姿は見当たらないわ。仕事の時間だからかしらね。 「お嬢様、これでは探しようが……。目撃証言も得られそうにありませんし」  カリオが眉をひそめる。 「だったら、魔力探知で探せないかしら? あの泥棒は無理だけど、魔石の魔力なら覚えて……」 「お嬢様?」  言葉を切った私を、三人は訝しげに見た。不自然にならないように首を振って微笑む。 「いえ、気のせいね。クシェさん、探知はできそう?」 「はい、多分」 「じゃあ、お願いするわ」  あの時、私ったらどうして気付かなかったのかしら。ルシオンから魔石を盗んだあの男。まったく魔力を感じなかったわ。  だけど、今それをカリオたちに伝えるのはダメね。できれば本人の口から語ってほしいわ。この国の本当の姿をね。  目を閉じて魔力探知に集中していたクシェが、ぎゅっと眉を寄せて首を振る。 「魔力が多すぎて、全然分かりません……」 「あら? ……ああ、これは、確かにそうね」  こめかみを指で押しているクシェを見て、私もやってみた。ぼんやりと感じていた魔力を識別するために意識を集中すると、予想以上に膨大な数の魔力を感知して頭がクラクラする。これじゃあ一つ一つの魔力を確認するのは難しいし、疲れちゃう。  もっと集中して丁寧に探せばできるかもしれないけれど、その前に倒れちゃいそう。 「いいわ。ありがとう、クシェさん」  私もクシェも魔力が少ない場所での生活に慣れているから、この方法で盗まれた魔石を探しだすのは難しそうね。  これでマヴィアナ国全土を把握しているリダールって、本当にすごいのね。 「すみません……。ルシオンも、見つけられなくてごめんね」 「仕方ないよ、クシェ」 「元はルシオン殿が魔石を盗られたのが悪いからな」  カリオが今までにも増してルシオンにきついわ。やっぱり盗まれた後の態度がダメだったようね。ムッとしたルシオンがカリオを睨み、カリオも負けじと睨み返す。  もう二人が喧嘩するのはどうしようもないわ。さっさと無視して移動しましょう。  そう思ってくるりと踵を返すと、こちらに向かってくる大人たちが見えた。この住宅街の住民、ってわけじゃなさそう。だって、制服を着てるもの。 「すみませんが、旅行客の方ですか?」  私たちの前に立ったのは、二人組の兵士だった。髭が素敵な年嵩の男性と、まだ初々しい新人。新人の教育中、という所かしら。話しかけてきたのは新人の方だった。 「ええ。今日着いたばかりで」 「そうですか。ここでは何を?」  これって私たち、不審者扱いされてるのかしら。普通なら用事のない住宅街で、よそ者がうろうろしてたら当然ね。  でもちょっと、いや、かなり不味いわね。強気な態度の新人に、カリオが私の前に出ようとしたけれど、それを手で制した。  ここで余計なことを言われると困るわ。カリオたちにも、兵士たちにもね。うまく誘導しなくちゃ。 「それが……。都に行くためにここまで来たのは良いのですが、従者が大切なものを盗まれてしまって。とりあえず泥棒が向かった方に来てみたのだけれど、もうこれ以上手掛かりがなくて困ってしまったの」 「それはなんと……。何を盗まれたのですか?」  後ろの三人をちらっと見てから、私は堂々と答えた。 「魔石です。彼にぶつかってきた男がいたから、多分その人だと思うわ」 「そんな大切なものを!?」  驚いた兵士二人組は、驚きの顔でルシオンを見つめた。その視線にルシオンは慌てふためいているけれど、どうやらそれが信憑性を持たせてくれたみたい。  年嵩の方が一歩前に出て、穏やかな口調で尋ねてくる。 「どんな男だったか覚えておられますかな?」 「私はあまりよく見ていなくて……。覚えてる?」  話を振ると、カリオがスラスラと答えてくれた。 「長身の……、そうですね、私より少し高いくらい。体は痩せていました。髪の色はこげ茶で、顔立ちもそこまで特徴はなかったかと。ただ、服はやや粗末なものでした。あまり清潔にもしていなかったようです。微かに匂いましたから」  よくそこまで覚えてるわね、ちょっとびっくりしたわ。  兵士たちも目を丸くしていて、注目されたカリオはたじろいで視線を落とす。 「き、記憶力には自信があるので」 「さすがだわ、ありがとう」  ですが、と兵士二人は困り顔を作った。 「その盗人を特定できるような特徴は少ないですね。我々も、特に思い当たる人間はおりませんし……」 「そうですか……」  兵士に心当たりがないのなら、少なくともこの街で目を付けられている窃盗の常習犯というわけではなさそうね。ほかの街から流れてきた可能性がないわけではないけれど……。 「お役に立てず、申し訳ありません」 「該当する者が見つかれば、連絡を差し上げましょう。今夜の宿はお決まりですか?」 「ええ。助かります」 「最近は不審者の情報が増えています。どうかお気を付けて」  兵士と連絡を取る段取りをつけて、礼を告げて別れる。少し距離が空いてから、私は「あっ」と声を上げて立ち去ろうとしていた兵士に駆け寄った。後ろで呼び止めようとするカリオは無視させてもらうわ。 「すみません、一つ思い出したんですが」 「どうしましたか、お嬢さん」  悪いけど、この質問を三人に聞かれる訳にはいかないのよね。「パンデリオの聖女」は知らないはずの情報なのだもの。  すぐさま追ってくるカリオたちに聞こえないように声を潜めて、私は二人の兵士に尋ねた。 「この街で、人間が住んでいる区域はどこですか?」
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