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70.未来に向かって(終)
「ヘスティア様、お手紙が届いています」
「手紙?」
「はい」
「どこの貴族かしら?」
「いえ、それが……」
言い淀む執事から手紙を受け取ると……ヴィランからでした。
ヤルコポル伯爵一家の消息は不明のまま。 民衆によって殺された貴族の中に名前が載ってませんでしたので「逃亡者リスト」に記載されています。人知れず殺されているとばかり思っていたのに……なんて悪運の強い。
仕方なく手紙を開封すると……。
“愛する妻、ヘスティア。
僕は今スタンリー公爵家にほど近い集落で生活しているんだ。
村にしては数は少ないけど、良い人達ばかりなんだ。空腹で倒れていた僕を助けてくれたんだ。そこは感謝してるんだけど、ここに住んでいる人達は基本自給自足の生活なんだよ。食べ物とか日常品は外から送られてくるみたいなんだけど詳しくは分からないな。ちょっとばかし不自由な面があるから公爵領に出発しようとしたら皆が止めるんだ。ここの人達はとてもシャイなんだ。集落から出るのは危険だっていって聞かないんだよ。この手紙も彼らの目をごまかして漸く出したものなんだ。地図も同封しておくから早く迎えにきてくれ。地図は首領?って人の家の引き出しから借りてきたものだから早く返してね”
書かれていた内容は常軌を逸していました。
もしかするとヴィランは現実と空想の区別が出来なくなっているのかもしれません。大体、スタンリー公爵領の周辺は我が一族に忠誠を誓った領主ばかりです。もしも不審者が侵入した場合は速やかに公爵家に連絡が入るようになっているのです。それが無いとすると……裏切りか、もしくは他国の間者のどちらかでしょう。
そもそも村でない集落とは何ですか?
怪し過ぎます。
我が国の混乱に生じて間者が集団で密入国している可能性の方が大きい気がしてきます。
これは一度、おじい様に相談しなければならない事案ですね。
後日、某国のスパイ組織が壊滅したとニュースになりました。
その中に、スタンリー公爵家の婿だと名乗るスパイがいたらしいのです。もっとも、そのような嘘は直ぐにバレて他のスパイ同様の自白剤を飲まされて情報を聞きだした後は獄死したという報告書がまわってきました。私の夫はこの国では珍しい黒髪ですからね。茶色の髪をした男ではありません。獄中でも「スタンリー公爵家の一員だ」と喚いていたようです。赤の他人に家族呼ばわりされるほど不愉快なものはありません。これでやっと片が付き、ほっとしました。
私の時間が巻き戻った現象は未だに不明です。
ただ、祖父が怪しげな研究所を幾つか保有している事が判明しているので、もしかするとそこからナニカが起こったのではないかと邪推していますが、確かな証拠はありません。祖父に聞けばすぐにでも教えてくれるでしょうが……知るにはまだ勇気がないのです。それに、お腹には新しい命が宿ったばかり。問い合えずは、この子が生まれてから考える事にしましょう。願わくば、女の子でありますように……。
娘ならば未来の王妃です。
ふふっ、実質的な国の主になるように胎教は欠かせません。
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