2.吹き荒れるは、春疾風

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 これはきっと偶然だ。現に今だって、依澄さんがポップコーンをつまんでいる気配がする。たくさん入っていたし、頑張って消費しているのだろう。そう思い直してスクリーンに見入った。  映画はもう後半、クライマックスに差し掛かろうとしていた。さっきまでクスリと笑うシーンが多かったが、その雲行きは怪しくなってくる。主役であるヒーローと、そのそばで見守っていたヒロインが晴れて恋人同士となり、濃厚なキスシーンを繰り広げ始めたからだ。  彼にされたキスを思い出し、居た堪れない。スクリーンを直視することができず、お茶を濁すように左側に置いていたコーラに口を付ける。それを戻してもまだ熱いシーンは続いていて、今度は右側のポップコーンバケツに手を伸ばした。 (…………え?)  今度こそ、偶然ではない。バケツに入ったままの私の手の甲を、依澄さんの長い指が撫でている。フェザータッチのそれは、動くたび背中をゾクゾクさせていた。  シアターに入る前、殊勝な様子で『承諾を得ず触れたりしない』なんて言っていたが、もしかしたらそれは"唇"に限るのかも知れない。  抗議するように顰めた顔を横に向けるが、依澄さんはまるで『Not counting(ノーカウント)だ』と言いたげに、口角を上げていた。  手を引っ込めない、いや、引っ込められないのをいいことに、依澄さんは私の手を撫で回す。その艶かしさに、思わず肩を揺らしてしまいそうになった。  気を紛らわそうと前を向くが、そちらの二人はベッドシーンにもつれ込んでいる。 (こんなシーンがあるって知ってたら選ばなかったのに!)  心の中で叫んでみるが後の祭り。決まり悪く身を小さくしていた。  けれどそこはやはりコメディで、続くと思われたラブシーンに邪魔が入ると場面は切り替わった。  そして依澄さんの手も、それと同時に離れて行き、私はホッと息を吐いていた。  物語は大団円を迎え、明るいテーマ曲が流れるエンドロールに変わる。もっと気楽に見られると思ったのに、途中からドキドキが止まらずドッと疲れていた。  館内がパッと明るくなると、周りの客は次々立ち上がっている。ちょうど真ん中の席で、他の人の邪魔にならないからか、余韻を楽しんでいるのか、依澄さんは座ったままだ。 「なかなかに面白かったな」 「それはよかったですね!」  私の顔を見てクスクス笑っている依澄さんに、頰を膨らませて返す。  最初からずっと、私の反応を伺い楽しんでいたに違いない。彼の策略に、すっかりはまっていたのだから。
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