雪の中で一人

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 遥か遠い東京へと、雪を掻き分けながら車両は進んでいく。それに逆らうように彼は電車の最後尾へと駆ける。顔を上げ、涙が溢れるのも構わず目を見開いて口を動かす。 「はる、」  聞こえないはずの声がする。私の名前以外は何を言っているのか分からない。それでも、彼はこちらに向かって語り掛ける。  彼の必死の形相に、私の決意が揺らぐ。足が勝手にそちらへ向かうのを感じた。ホームを駆ける足が次第と早まる。それでも電車との、彼との距離は離れていくばかりだ。もう彼の顔も見えない。  やがてホームの端がその追い掛けっこの終わりを告げた。浅く息を整えながら線路の行く末を見守る。彼の乗る電車が尾根に隠れるまで、私は視線を逸らせなかった。  雪が線路を覆っていくのを見ながら、名前に反してまるで私のようだと思った。思い出を埋め尽くす雪。春が来るように、その雪はいつか解けることはあるのだろうか。或いは彼という電車は雪を掻きながら再びこの線路を走ることがあるのだろうか。  東京の切り替えポイントにはヒーターが付いていない。自力で掻き出さないと電車は止まったまま動けない。そして私には雪を掻く気は、ない。それでも足は動かない。私はただ立ち尽くすことしか出来なかった。 「はる、」  彼にも、言葉に出来ない溜め込んだ想いがあったのだろうか。彼の最後に見せた表情が、声が、雪のように脳裏にちらついて離れなかった。 -了-
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