50 本当の恋人

1/1
70人が本棚に入れています
本棚に追加
/50ページ

50 本当の恋人

 日曜日がやってきた。俺は安奈がやって来るのをリビングで一人待っていた。インターホンが鳴り、俺はそれに出た。 「開けてるから、入っていいぞ」 「お邪魔します」  安奈は紺色のワンピース姿だった。フリルやリボンがついており、非常に可愛らしい。 「それ、似合うよ。可愛い」 「ふふっ、ありがとう。達矢こそ、染めたんだ?」 「うん、どうだ?」 「すっごくカッコいい! さすがわたしの彼氏だよ。どんな髪型も似合っちゃう」  まずはダイニングテーブルで、紅茶を飲んだ。イギリス土産のやつだ。お菓子は適当にコンビニで買ってきたものを出した。 「映画でも観るか? そうだ、一緒に観たやつ、もうネット配信されてるぞ」 「でも、達矢は三回目でしょう?」 「あれ気に入ったから、何回でも観たいの」  俺たちは、リビングのソファで隣り合って映画を鑑賞した。主人公がヒロインに告白するシーンは、三回目なのに、とても緊張してしまった。今なら彼の気持ちも少しは分かるかもしれない、と俺は思った。  さて、そろそろか。俺は安奈を抱き寄せた。石鹸の香りがふんわりと漂った。 「……俺の部屋、行く?」 「うん」  俺は自分の部屋に安奈を入れた。多少物が多いが、何とか体裁は整えた。 「思ってたより綺麗じゃない」 「良かったー! 必死に掃除したんだぞ?」  自室には二人で座れる場所が一つしかない。すなわち、ベッドだ。俺からまず腰かけた。続いて安奈が隣に座った。キシッ、とベッドが音を立てた。 「なあ、安奈。俺の部屋に来たがったってことは、その……」 「うん。準備は、できてるよ」 「本当に、俺でいいんだな?」 「わたしは、達矢がいいの。わたしの初めては、全部達矢にあげたい」  安奈は目を閉じた。それが合図だった。俺は優しくキスをした。  全てが終わった後、俺たちは一緒にシャワーを浴びた。安奈の髪を、俺はバスタオルで拭いてやった。安奈もお返しに俺の髪を拭いてきた。染めたばかりの俺の髪は、まだヘアカラーの匂いがしていた。 「痛くないか?」 「正直、すっごく痛い」  下腹部を抑えながら、安奈が言った。ひょこひょことしか歩けていない。 「しばらく、ソファでゆっくりしようか」 「うん」  俺たちは服を着て、ソファに座り、手を繋いだ。 「これで、今度こそ本当の恋人になったって感じ」  安奈が幸せそうに目を閉じた。そして、俺の肩にもたれかかってきた。 「好きだよ、達矢」 「うん。俺も安奈のこと、大好き」  俺は握った手に力を込めた。もう離さない。俺だけの安奈。彼女は言った。 「なんだか、不思議だね? お互いのこと、色々知ってるって思ってたけど、やっぱり知らないことばかり」 「ああ。あんなに可愛い安奈、初めて見た」  先ほどの事を思い出したのだろう。安奈は俺の目を見て、頬を染めた。 「達矢だって、可愛かったよ?」 「やめろよ、もう」 「色々準備してくれてたんでしょう?」 「まーな」  俺は時計を見た。父親がゴルフから帰ってくるまでには、まだまだ時間がある。母親は仕事だ。俺は安奈の頬をぷにっと指して言った。 「これから沢山、思い出作っていこうな」 「うん! 色んなとこ、デートしたい。付き合うフリ時代の達矢、どこへも連れてってくれなかったから」 「ああ、それは済まなかった」 「フリだったもんね?」 「もう、これからはそうじゃない」  俺はもう一度、安奈にキスをした。これからは嘘をつかなくていい。誰にもつかなくていい。素直な気持ちのまま、過ごしていける。  嘘をつくのは、必ずしも悪いことでは無い。嘘から始まる関係だってある。沢山悩んで、傷ついて、でもその先にはこんな幸福があって。それを俺たちは、大切にしていこう。 「なあ、安奈」 「なぁに?」 「呼んだだけ」  俺は恋人の頭を撫でた。世界で一番大切な宝物。この俺が、彼女を幸せにしてみせる。だって、俺たちは、本当の恋人なのだから。 了
/50ページ

最初のコメントを投稿しよう!