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いくらイヴォンとヴァレリーが付き合う前の事とはいえ……否、むしろ付き合う直前まで、ロランとヴァレリーの間には躰の関係がある。それをイヴォンが知ったなら、感謝など口が裂けても述べはしないだろう。
グラスに隠した視線をヴァレリーへと遣れば、こちらは何ら普段と変わりない顔で酒を飲んでいるのだから呆れたものだ。
「ヴァレリーはこの性格ですからね。傍若無人で、人の気持ちなど構いもしない。それが、私には耐えられなかったのですよ」
「だから別れたの?」
「ええ」
「けど、こうして一緒には居るんだな」
「腐れ縁とでも言うのでしょう。決別は不可能だと諦めていますよ。どちらかが死なない限りはね」
心底残念そうにロランが言えば、盛大な溜息が割り込んだ。
「黙って聞いていれば、言いたい放題だな」
「おや、あなたも耳が痛くなる事があるんですか? ヴァレリー」
「ないな。そもそも否定する気もない」
これだから、この男は最悪なのだ。そう思わずにはいられない。
「あなたらしいですね」
「今さら惚れても遅いぞ」
「残念です。とでも言っておきましょう」
くすくすと笑い声を響かせて、ロランは立ち上がった。変わらずヴァレリーの膝の上にいるイヴォンを見下ろす。
「イヴォン」
「ん?」
「その男に首輪を付けたからには、しっかりとリードを握っていないといけませんよ? もし逃げられそうになったその時は、脚でも撃ち抜いてやりなさい。世に放つ方が迷惑ですからね」
冷ややかな視線に見下ろされ、ヴァレリーは大袈裟に肩を竦めた。
「まったく、酷い言われようだな」
「ご理解いただけて何よりです」
「が、ひとつ訂正してやろう」
おかしそうに口角を上げたヴァレリーの腕が、イヴォンの腰を引き寄せる。急な行為にバランスを崩した小さな躰を、ヴァレリーは易々と抱き留めた。
「ちょっ、ヴァ……んぅ!?」
慌てるイヴォンの唇を、ヴァレリーが奪う。貪るような口付けが解かれる頃には、小さな躰はくたりとヴァレリーの胸へ倒れ込んだ。
これまで、付き合い始めてからでさえも、イヴォンをペットと言って憚らなかったヴァレリーの行為の意味を、ロランは理解した。
「逃げるつもりはないと、そうおっしゃりたいのですか?」
「ご理解いただけて何よりだ」
「首輪を付けてるのは自分だとでも言うのかとばかり思っていましたが……、否定しないのですか?」
「する必要がないからな。こいつになら首輪くらいいくらでも付けられてやるよ」
低く嗤い、イヴォンの髪に口付けるヴァレリーを見下ろして、ロランは無言のまま踵を返した。
――納まるべき鞘に納まったのなら、よしとしましょうか。
僅かに胸に残る痛みを抱えたまま、こちらに気付いて軽く手をあげるクリストファーの元へとロランは歩いていった。
◇ ◇ ◇
一方、辰巳とフレデリックの前には、意外にもロイクとハーヴィーの姿があった。
ハーヴィーを誘いはしたものの、当然の如くロイクがついてきたことで、フレデリックはおかんむりなのである。当然、不満をありありと浮かべたことは言うまでもない。
「ハーヴィーはまだしも、どうしてキミの顔を見ながらお酒を飲まなきゃいけないのかな、ロイ?」
「それは、ハーヴィーが僕の大切な人だからじゃないかな」
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