降れよ、雪

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 四月一日。  新年度の始まりの日。  眠れない午前二時だった。なかなか夢の世界への入場許可がでない。世間の新入社員は緊張で眠れないかもしれないが、こっちは将来への不安で眠れない。  ふと、〝歩こう〟と強烈に思った。  精神的に重たい布団を体から、エイッと剥がす。両親を起こさないよう物音を立てず起きた。寝間着のズボンをジーンズに履きかえて、上着は着替えず、ダウンジャケットを羽織る。財布だけ、ジーンズのポケットに放り込む。  玄関で真新しい白スニーカーを履いて、家をでた。実家前の小道をまっすぐ歩く。行き止まりになったら右側の道をまっすぐ。十字路になったら今度は左に足を向ける。  ひたすら歩いて、奥へ奥へ。    歩を進めながら、早い段階でスマホを持ってこなかったことを後悔した。   深夜に歩くのであれば相棒が必要だった。軽快な音楽を聴いて足を軽やかにしたり、ラジオDJの話で心弾ませたり。それがないのだから、退屈な時間の過ごし方としては、自分との対話しかない。  早い段階で飽きた。  そりゃそうだ、人に語れるほど起伏のある人生を送ってないのだ。  しかし、腐っても文学部卒である。様々な物語を頭に浮かばせて、時間をつぶす。  未来への不安のためか、まずメーテルリンクの『青い鳥』を思い出した。テーマは幸福、のお話だ。  チルチルとミチルが幸福の青い鳥をさがして、思い出の国や夢の国。それから未来の国を旅する。しかし、結局は自宅に青い鳥はいたという話。  では初めから自宅を隈なく、目を皿のようにして探せば幸せはあったのか。身近に存在していたのか。    ──なかったのではないか。様々な国を旅して、どこにも満足できなかった。だから自分の飼っている鳥が、実は幸福の鳥だったと思えたのでは。そうすると、幸せは自分の捉え方次第か。  アラブの石油王も満たされなければ不幸だし、貧しい人でも充実した日々を送れば幸せだ。限度はあるだろうけどさ。  
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